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私は、親鸞会元講師部の者です。 この度、縁あって「清森問答(http://kiyomorimondo.blog70.fc2.com/)」に、私の思いを投稿として掲載して頂きました。 大変多くの反響を頂き驚いております。 今回いままでの投稿をまとめて欲しいという希望がありましたので、当サイトに再掲載させて頂きました。 申し訳ありませんが、コメントを頂きましても読む時間がありませんので、コメント不可に設定しております。 # by watashinobyakudo | 2008-05-25 21:40
清森問答、上田さんコーナー、T社と田中氏との法論を毎日、見ています。
大沼さんの受け売りで、「若不生者、不取正覚」で信楽の身になれると50年、教えてこられたので、今更、大沼さんが、根拠です、とは言えない。本願、間違えていたでは、済まない。切腹ものだから、辻斬り強盗とありましたが、これは高森先生の本音に違いないと思います。 みっともない位、話をはぐらかそうと、必死です。清森さんからも根拠はありません、と追撃を食らい、今頃、除名にしなければ良かった、と後悔されていると思います。 高森先生は都合が悪くなると 1.嘘をつく ○支部長制度は講師部の要請です。 ○局長の不倫疑惑は、でっち上げだ。写真もビデオも捏造だ。 ○財施をこれだけせよ、と言ったことがない。 建立財施も他も「本会から本部長に目標財施が来る」 ○華光会時代の事、高森先生の過去をカットする。 ○会報、光に向かって、お歌、盗作なのに自作のように思わせる。 2.黙って説明をしない、無視する ○蓮如上人500回忌の延長理由を言わない ○財施の収支報告をしない 3.コロコロ変更する ○光戦以上の法施はない。 現在はアニメのことを何も言われない。 ○光戦によって、本願寺は変わる。 現在は、「なぜ生きる」で世界の小杉になる。しかし会員は激減。 ○ビデオ講師部制度は変わり通し。講師部が行けない会員さんに法施をする。法領も固定。 現在は、皆さんが希望されたから、やめるのも自由です。 ○支部長制度になれば、布教は自由にする。 現在は10分間説法とビデオ御法話だけ ○布教局長は上司ではなく、布教の相談役のようなもの。 現在は独裁者。権力の集中化、10講制度で縛り上げ ○支部長は布教に専念して、パソコンなどに時間を使うな。活動報告は自由。 現在は、参詣、財施、会費、通達、活動報告のために長時間を費やす。 しかし、これも親鸞会を発展させるため、守るため、と言われれば、熱心な会員さんは、皆、目をつぶり、自分に納得させて耐えて来たのです。 でも今回の問題は全く質が違います。 「親鸞聖人のみ教え、阿弥陀仏の本願だけを伝える。親鸞会が、高森先生が、阿弥陀仏の本願を間違えて伝えていた。その元は、大沼法龍氏のパクリが原因であった」 = 高森先生は正しい信心、教学があるのだろうか? これは親鸞会を根底から、ひっくり返す、これ以上ない大問題です。 まさに50周年目に起こされた阿弥陀仏のドラマと私は思っています。 このまま、じっと阿弥陀仏が見ておられる筈がない。今に何かが起きると、ずっと思っていました。 中でも教学を信じている人ほど、ショックです。講師部、親友部、特専部、学友部、幹部の動揺は大変なことだろうと思います。高森先生の血圧は上がりっぱなしでしょう。 自説に対する疑い、信用、不安が広まらないか、皆、どう思っているか、知りたい一杯でしょう。 T社説を徹底講義して、田中説の間違いを何とか徹底させたい、何とかしなくては、の思いで、頭が一杯だと思います。 講師部も 「阿弥陀仏の本願は、すべての人を絶対の幸福に助ける、というお約束です」 「先生、根拠は何処ですか」 「ハイ、本願文に若不生者、不取正覚とあります」 「親鸞聖人はどこに、そのように教えておられるのでしょうか」 「・・・それは・・・」自信を持って説けなくなるから、大問題です。 ただ、親鸞聖人に根拠がなかろうと、高森先生に間違いはない、私はそれでいい、という人が大勢だと思います。 しかし、千丈の堤も蟻の一穴より崩れると言われますので、おかしいと思う講師部、会員さんが現れたら、予想のつかぬ事態になるとも思います。 清森さんの発言も大きな力になりますから、よくよく注意して伝えてください。 高森先生は ○アニメの批判者の会員を除名 ○大島一声への批判文、パンフ配布 ○瓜生氏への局長、総長の批判声明の発表 ○法話ビデオダビング者へは除名処分 異常な程、自分を批判する者に対して執念を持たれる性格の方です。 清森問答も当然、チェックして、教学部にも攻撃させる用意位はさせているでしょう。 ○この説明をせよ、親鸞会批判は許さぬ、法的に対処する。 ○責任をどう取る、謝罪せよ、布教をやめよ・・・ こんなことは平気でやる集まりが親鸞会だから、言質を取られぬ様に、注意に注意して、発表した方が良いと思います。そうしないと、その対処に精神的、時間的に大変な労力を費やすことになりかねます。 親鸞会会員は、信心決定しか、頭にありません。念仏も往生成仏も、あとについてくることだから、兎に角、獲信、獲信、宿善、宿善、活動、活動、人集め、金集め、会合、連絡・・・の心境です。 私もこれを、ずっと続けてきました。 なぜ大沼さんが若不生者を信楽の根拠にしたのだろうか、と改めて読んでみますと、 『若不生者の誓いゆえ・・・』 『生まれるべからざるものを生まれ・・・』 『信受本願、前念命終・・・』 根拠も高森先生と同じ。ここをそのまま、鵜呑みにした事がハッキリします。 大沼さんの信心はどうであるか、ということは私には言えませんが、救われた喜びは、名号六字丸貰い、仏凡一体としか、言い様がありませんが、この弥陀の大願力、お慈悲は念力だ・・・、若不生者の念力だ・・・と、これまで誰も言わなかった、あれほど御聖教をやかましく言う大沼さんが、親鸞聖人の根拠にもないことを、はっと思いついて、言ったのでは、と想像しています。 それを高森先生が盗作されたために、その説明がつかず、まさか大沼説などと言える筈もなく、大問題になったのでは、と思われます。 どんな人でも(すべての人を) 絶対の幸福に 必ず助ける これが若不生者の誓いです。(親鸞会) この世を絶対の幸福になって暮らしたい、人間に生まれて良かった、と生命の歓喜で生きたい。これをよくよく考えてみると「よく生きたい」「どう生きる・生き甲斐」と、どれほど違うのか、と思えて来ました。 親鸞会会員は、信心決定、宿善しか頭にありませんが、名号六字の功徳、念仏、往生する、成仏することについて、どれほど関心があるでしょうか。知っているでしょうか。 仏教の目的は、この世を安心して、生きることでなく、六道の迷いを離れて成仏することですが、どれほど意識して活動しているでしょうか。 自分はどのように話をしてきただろうか、と最近よく反省せずにおれません。 恥ずかしいことに参詣、財施、顕正、教学受験、目標達成、何より今日の生活が出来るかどうか、内心、何より関心があったのは、こっちの方でなかったか。 往生成仏など、1%も頭にあっただろうか。 さぞかし立派な心で求道、活動しておられるだろう、私達の支部長は、と会員に思われる様に言動しなければならない。 講師部同志でも、信心の沙汰もなく、ミスをしないよう、チクラれないよう、「心口各異、言念無実」虚仮だったなあ、恥ずかしい求道だったなあ、皆、如来様は見ておられたのだ、早く自分の値打ちを知れよ、と見ておられた。ああ、このままだったとは、申し訳がない、勿体無い、南無阿弥陀仏。 ●T社の質問に、信楽に どうして生まれる - 聞其名号 何の力で生まれる - 名号 いつ生まれる - 乃至一念、即得往生 若不生者の本願成就文の根拠は - 名号がそれである ●田中氏の答えは正しいと思います。 『本願名号正定業、至心信楽願為因』 『無碍光如来の名号とかの光明智相とは、無明長夜の闇を破し衆生の志願を満てたまう』 『光明名号顕因縁、開入本願大智海』 若不生者の念力で信楽になると、なぜ大沼さんは言ったのか。大沼さんは本願寺の十劫安心、無帰命安心、「念仏称えていれば死んだら極楽、死んだら仏」仏法の有り難み、のみを説いて、機を説かぬ、と多くの著書に書いている、批判している。 高森先生の本願寺批判も同じだった。 その反動が、この世で絶対の幸福になる(信楽) 信前の念仏など何にもならぬ、助からぬ ここにこそ、阿弥陀仏のお力、念力がかかっているのだ、 となったのでは、と考えています。だから左から、右への反動だと思います。 -------------------------------------------------------- 救われて分かることは、阿弥陀仏の仏心を知らされることも難の難ですが、しかし悪業煩悩しかない、この私が往生成仏するということは、どえらい事だなあと、日に日に思えてくるのです。 観経のイダイケ夫人の救いは過去に修行していた人だ、凡夫が往生成仏の身に、この世でなれる筈がないと、天台達がいったのは、彼等にはそれほど成仏するということは、どんな大変なことか、尊いことかが分かるからです。 救われれば、易往なのですが、これを信じられることは、これまた難だから、阿弥陀仏は命がけで、どうか信じてくれ、必ず仏にしてみせると誓われたのだと思わざるを得ないのです。決して決して、当たり前と思えることではないのです。 悪業が知らされるほど、この悪業を断ち切って仏にさせるために、どれほどの、いかほどのご苦労をなされたのか、ご修行下さったのか、申し訳ないことだと、ただ念仏申すばかりなのです。 -------------------------------------------------------- ・衆生性得の機 ・如来回向の機 ・本願疑惑の機 この三つ、ハッキリと説かねば、聞かねば、知らねば、弥陀に救われません。 この如来回向の機が分からねば、本当の本願疑惑の機もわかりません。 善知識でなければ、分からない、説けないところです。 清森問答に、最近は念仏の事について、また発言者の意見を通して、親鸞会の問題点を明らかにしてあるので、考えてやっているな、と思って見ています。 しかし、この三つの心を正しく説かねば、導くことは出来ません。 救われるとは、この三つ共、ハッキリと知らされる、ということでした。 ★聞其名号の 『聞というは衆生、仏願の 生起【衆生性得の機=機の深信】 本末【如来回向の機=法の深信】を聞きて 疑心【本願疑惑の機】あることなし』 いろんなことを教えたいでしょうが、救われるために絶対、知らねばならぬ、この三つの心、明らかに皆さんに知って頂きたい、と心から念じています。 # by watashinobyakudo | 2008-05-25 21:33
○ 3月10日の質疑応答74の私の発言を多くの方が読まれたことを知り有難く思います。同時にこの元親鸞会講師部とは誰か、何の目的でこんな発言をするのか、真意が分からないと思われた方も多いと思います。 氏名を明かさない理由は後日お知らせ致しますので、今日は真意をお伝え致します。 私も清森発言の有ることを知り関心を持って見て来ました。 除名されても何とか親鸞会に正しい親鸞聖人のみ教えを伝える団体になってもらいたいの気持は尊いと感じました。 ・ 2月25日 質疑応答62に親鸞会の未来を非常に憂慮し何とか立ち直って頂きたい、として清森さんは以下の案を提示しました。 (1)学生に対する新勧活動を中止する。 (2)目標制度の廃止 (3)本来の支部長制度に戻す。 (4)富山に集めるのではなく、地方に分散させる。 私はこれを見て、ああこれでは駄目だ、発言しなければならないと思いました。これは枝葉だ、親鸞会の真の問題の本質ではないと感じたからです。 この思いを清森さんに伝えたところ、了解されアップされることになりました。本当に不思議なご縁であり、これ皆 阿弥陀仏のお手回しと思わずにおれません。 ○ 私は「顕正」を読み、高森先生の説法を聴聞して高森先生だけが現在唯お一人の善知識(体験・教学の徹底した)であると確信して数十年求めてきました。 講師部こそが信心決定の最短の道と思い決心して飛び込みました。 本願寺は真実説いていないくせに、高森先生を批判している、許せないと20数年前、本願寺座り込み行動にも会員を誘い参加しました。 本願寺の沈黙でやはり高森先生はすごい、善知識だと改めて尊敬したものです。 ○ 「アニメ」で本願寺は変わる、大津波に飲まれると高森先生は言われたので、必死で会員さんと1軒1軒アニメ頒布に10年近く回りました。 重いアニメ鞄を持ち続けていた為、腕を痛め整骨院にも通いました。 100万頒布しても、まだまだ琵琶湖に小便したようなものだと豪語され、そうか頑張らねばと思ったものですが、今はアニメ頒布に全く力が入っていません。 「アニメ以上の布教はない」と叫ばれたあの頃の熱意はどこへ行ったのでしょうか。 今度は本願寺が親鸞聖人のアニメを出すらしく諸行無常で何が起きるか分からないものです。 しかも昨年からアニメの内容の問題点を指摘する人が現れ、今大変なことになっています。思わず「辻斬り強盗にあったようなもの」と反論されているが実感がこもっている。 ○ 「なぜ生きる」こそ全人類の光となる御著書と言われベストセラーにする為だからと指示があり、幹部の方と指定の書店でまとめて買っては本会へ提出してきました。 ウソのベストセラー作りに協力して、こんなことでいいのか、素晴らしい本なら口コミでも広がるはず。会員さんも出版された時だけで、今は余り読まれていない。私自身、12冊も持っている。 今度の「歎異鈔をひらく」もそうならなければいいがと思います。 やはり財施もまた募られ大変だと耳に入っています。 ○ 正本堂建立について高森布教局長から「正本堂で1万人にご説法されるのが、高森先生の長年の夢だ。だから今の会員数では足りない。もっと顕正して御苦労、御心にお応えしよう」と幹部を前に発表があった。 おかしいと思った。 いつの間にやら、顕正の目的がずれてきている。気付いた方もあるはずです。 親鸞会は後生の一大事の解決を目的としている筈が、人集めが目的になっていないだろうか。 今年は親鸞会50周年で顕正目標が高いと聞いています。 M支部長が夜の1時頃会員7名で退会希望者の家に来て3時頃まで居て、退会するならお仏壇の正御本尊も返却せよと迫った話もここの狂いから生じていると思います。 退会したい理由を良く聞き、仏法の聞き間違いなら順々と話するのが支部長ではないか。日頃の自分の法施、育成不足が原因となぜ反省せずに夜中に乗り込むのか。付いて行った会員は自分も退会を言い出せばこんな目に合うのかと恐怖を感じる、是も狙いだったのか、誰だこんな非常識な支部長は。名前を知ってやはりなと思いました。 高森先生の夢を実現させる為に活動しているのだろうか、と疑問が膨れあがる。明らかにおかしい。 支部長の口からは参詣、財施も何かと言えば「高森先生の御心、ご苦労、ご恩」ではないだろうか。 なぜ「阿弥陀仏の願い、ご苦労、ご恩」が切実と語られないのか。 親鸞聖人は正信偈に「帰命無量寿如来 南無不可思議光」であり、歎異鈔は「弥陀の誓願不思議にたすけまいらせて」で始まるではないか。 想いの強い方が先に出るからではないだろうか。 ○ 顕正目標達成にに苦心し、何より本会から来る財施目標の達成に眠れぬ程悩みました。会員さんの現状を知ると本当に辛かったです。 「財施を勧め切れないのは、仏法が分かってないからだ」と各地の予約達成表を前にいて布教局長に叱られ、そうなんだと自分に言い聞かせ集めるしかありませんでした。 ところがそんな苦労したのに収支報告が無い。 「仏法以外に使われてはいません」と済ませてしまう感覚に疑問が出て仕方ありませんでした。しかし立場上そんなことは言えません。 「尊いご縁を結ばれましたね」と不審が出ぬように気をつかいました。 これが最後の財施だったはずの正本堂の後も次々募られてゆく。 財施が悪いと言っているのではありません。 その財施や金額が本当に必要か、財施理由が正しく理解され、される本人の自由意志であり、収支報告が正しく報告されるべきです。 そんな常識的なことが出来ぬぬ理由こそ親鸞会の問題ではないでしょうか。 不審が起きて当然です。 ○ 高森先生は阿弥陀仏に救い摂られるには、18願の世界に入るには三願転入、19願の諸善万行、20願の念仏の道を通るのですと何十回と説いておられます。 しかし、19願 諸善万行、善の勧めの通り実行されているでしょうか。 高森先生が数年前の講師部会合で、「講師部はまだ19願の入り口にも入っていない」と注意されたと正直な講師部員より聞きました。 また「信心決定していなくても、聞く人の為ならウソで信心決定していると言っていい」と言われたが私はとても言えない、とこれまた正直に教えてもらいました。 私が元講師部であり気を許して言われたのでしょうが、その講師は「私は何十年聞いているけどまだまだです」と、本心隠さず自身の信心を告白され尊い、真面目な方だと頭が下がりました。 最近、自称信心決定の支部長が多いのはその為ではないでしょうか。 本当ならこんな尊いことはありません。心から喜ばずにおれません。 ここを読んでおられる会員さんの支部長はどうでしょうか。 私が退部する前の講師部員で信心決定している方はありませんでした。 清森さんも同じ意見です。 昨年、上田祥広さんが信心決定していると言ったので高森布教局長から激しく異安心だと責められ、結局除名になったことを知りました。 今、信心決定していると言っている支部長は除名にならないのでしょうか。布教局長さえ未だ信心決定したと言われないことを、そんな先に言って大丈夫かと心配になります。不思議です。 ○ 教えは確かに三願転入ですが、実行となるとどうか。 19願は救われたいと心から願い、諸善万行を実践する、廃悪修善をとことんやれば臨終に阿弥陀仏が菩薩を引き連れて迎えに行きましょう、化土へ往生させてあげましょうという願いです。 真面目な講師部員も多いですが、ここに書けないことも、数十年の間には数多く見てきました。 しかし講師部個人のことを書くつもりはありません。 それより自分はどうか、19願の通り実行出来ているのか。 全くお粗末千万、阿弥陀仏からご覧になれば虚仮不実、雑毒の鼻持ちならぬ偽善者ではないか。 善どころか、三世の諸仏に見捨てられて当然の、十悪、五逆、謗法、闡提以外何も無い、無仏、無法ではないか。 説法すれば評価が気になり、参詣者の増減に気持ちが動き、御法礼が気になり、今月やり繰り出来るか計算しだす。 顕正すればその話し方を内心誇り、参詣目標を達成すれば出来てない講師を心で見下し、財施に頑張れば評価を期待し、会員さんの前では如何にも本会の指示に従い不足など無いように振る舞う。聴聞しない会員は自分の法施不足なのに仏縁の薄い人と嘆き、活動する会員は大事にし心を掛け、動かぬ会員を疎ましく思う。 人が見ていないとお勤めしていても早く済まそうと早口になり、お仏花、お供物代が惜しい。後から食べようと自分の好きな物しかお供えしていない。 お礼状が来るとその人の名前はしっかり覚え、そうでない人はなかなか覚えられない。それでいて自分がお礼状書くのが遅い。 自分のミスを同僚に見られないか、上司に報告されないか、今度の講師部会合で前に出されて指摘されないだろうか。 あー何をしているのだ俺は、人の評価ばかり気にして、取り繕って、感謝も無ければ、懴悔も無い。 「なぜ生きる」「人生の目的」は口先だけでないか。仏法を「どう生きる」の手段にしているではないか。一番心配しているのは後生でなく、「どう生きる」だけでないか。 何が講師部だ、三界の大導師だ、人は騙せても阿弥陀仏は見聞知だ、騙せると思っているのか。講師部退部の心へと傾いていった。 ○ 高森先生は雑行雑修自力の心が廃らねば、18願の世界へは出れません。 雑行雑修自力の心を知るには30-40年かかるだろうといわれた。 私は大ショックを受けた。 だから何十年、何千回聴聞を続けていても、後生の解決が全くつかないのか。宿善が薄いからだと自他共に言ってきたのだから、そうに違いない。先生は「私は真実を説き切っている。聞ききらないのは皆さんの責任です」と何度も言われた。自分が問題なのだ、高森先生、親鸞会の指示に間違いがあるはずがない。あーなんという恐ろしいことを思うのか、法謗罪だと退部してからも反省の日々が続きました。。 この後、わたしの求道を根本から考えさせられる出来事が起きて来たのです。 # by watashinobyakudo | 2008-05-25 21:30
○講師部の現状に失望し、自身の求道姿勢(講師部聖則4-常に求道姿勢を正し、会員の模範となります)にも自信を無くした私は、退部してからも、高森先生の説かれることだけは真実だ、こんな私でも救われる道は聞くしかないと思い、働きながら本部会館の高森先生の御法話、教学講義、アニメ解説に続けて参詣しました。
そんなある日、私がよく知り、講師部の時お世話にもなった方(男性)が癌でもう聴聞に来られないことを知りました。 80歳過ぎで、30年近く求められ、聴聞も県で一番位回数が多く、アメリカ、ブラジルだろうと高森先生の御法話には一座も欠かされたことが無く、支部の御法話、会合も全日程参加でアニメ頒布にも、実に真面目に回われました。 財施額も常に県でも上位、高森先生との高額財施者の親睦会、会食会は常連でした。副支部長として生活の全てを親鸞会の活動にかけられ、本会からも、貴方は会員の模範だと、何度も表彰状を受けた方でした。 ・2月に見舞いに自宅へ行くとベットに横になり、変わられた姿に驚きました。 そして開口一番、「こんなになって聴聞に行けんようになったー、どうしょうー。宿善積めんようになったー。困ったーた弱ったー」でした。 自分の病に気付いておられるなと直感しました。 もう世間並みの見舞いの言葉なんか言っておれない。 「Tさん、本部で座っているだけが聴聞ではありません、なにを聞いたかです。何を聞いて来られましたか。こうなったら、これまで聞かせて頂いたことを思い出して下さい。私も聞かせて頂いた事を話に来ますから、このベットの上が聴聞会場ですよ」 私はこの時、このTさんに数十年聞かせて頂いたことをお伝えしよう、亡くなった父と同じ年齢のTさんに何とか救われてもらいたいと思いました。 それから本棚に積み上げてあった高森先生の「会報」「こんなことが知りたい」「法戦」など仕事以外の時間は読み続け、ここを話そうと思うところをコピーし準備しては月2回程行きました。 何を話しても、Tさんも30年近く聴聞をしてきた方ですから私の話することは全部分かるのです。話するのも、Tさん体調からは1時間が限度でした。 しかし「無常観をとりつめたら後生の一大事の驚きがたつだろうと、今死んだらどーするー、と思うけど、まだ死なん、まだまだとしか思わん」と頭を叩かれ、 「罪悪感をとりつめようと、自分の悪をいろいろ思うが、もー悪い奴やと思えん、こいつが」と腹を叩かれた。 「こんな者どうすりゃいいんですかー、教えて下さいー、助けて下さいー」と遂に男泣きに泣かれ、私の腕にすがりつかれた。 私はこの時、自分の慢心に気付いた。よし俺が導いてみせようとは、何たる傲慢。Tさんは目前の後生に命がけに取り組んでいるのに、覚えた教学、読んだ要で何とかしようとは、自分こそ後生の一大事が全く分かっていないではないか。 まだ教える立場で考えて、自分の問題にしていないではないか。お前はまだ講師様か、何という馬鹿者だ、俺は。 「阿弥陀様が分からーん、どう信じたらいいのか、どう思ったらいいのか。私みたいな者は助からんのか。あー私は宿善が浅いから助からんのや。 高森先生、申し訳ありません。もっと宿善求めて頑張ればよかった、済みませんー」とまた号泣された。 かって数十年前、谷本貞三さんも同じ癌で入院し苦しまれた時、浅倉講師が見舞いに行き、高森先生は何度も葉書を出されて阿弥陀仏の御心を伝えられ臨終間際に救い摂られた話は有名でビデオにもなっている。 その葉書の文句も見せて話するが、読んでる肝心の私がその意味が分からない。 その時の私は三願転入しか頭に無く、宿善求めて、19願、20願と信仰進んだ宿善厚い谷本さんだからこそ獲信されたのだろう。宿善浅く、読んでも意味が分からんと泣いておられるTさんには無理な言葉だったのかとしか思えず、言葉が無くなってしまった。 私はとっさに両手を握って「念仏称えましょう」と言った。仏法を聞き始めて数十年、私は初めて人に念仏を勧めたのだ。 Tさんは驚いたように「念仏称えて助かるですか、いいんですか」と聞いてきた。 親鸞会で信前の念仏は助からん、本願寺は念仏称えて死んだら極楽、死んだら仏と教えを捻じ曲げていると、30数年聞かされてきたTさんは始め躊躇されたが、私はかまわず念仏を称え出した。 3分ーー5分ーー念仏と共に何の涙か分からないが止まらない。一緒に泣きながら念仏を称えた。 Tさんの姿は私の姿だ、決してTさんだけの姿ではない、親鸞会会員さんも皆平生業成の身に成らなければこうなるのだと深く心に刻んだ。 病気の進行は早く、Tさんは自宅から病院へと移られ私も病院へ通ったが、行くのが辛かった。行く度落ちてゆく体力、10分間聞くのも脊髄へ移転した病魔に苦しみ話が中断する。 こんな身になって諸善なんか勧めておれない。しかし念仏勧めるが心は依然として暗い。 色々悩んで、仏願の生起本末に絞って話しすることにした。A3用紙にまとめ上げて話し始める。 ・仏願ーー阿弥陀仏の本願 どんな人をも 必ず助ける 絶対の幸福に ・生起ーー悪業煩悩で罪を造り、因果の道理で後生は一大事、地獄行き間違いない自分である。ここが目当てです。三世の諸仏が呆れて見捨てられた私です。 ・本末ーーそれを救うと誓われたのが阿弥陀仏の本願であり、南無阿弥陀仏にはその力がある。この世で絶対の幸福の身になれる。 しかしいくら話しても、南無阿弥陀仏が分からない。どこが功徳の大宝海なのか、どうしたら、いただけるか分からない。 阿弥陀仏の本願はお伽話と思わないけれど、阿弥陀仏が身近に感じられない。お勤めが嫌だ、早く終わりたい根性しかない。 十悪、五逆、謗法、闡提は確かにそうだ、否定できない私のことに違いない。 では、こんな私は本当に救われるのか、現在、この世で地獄行きが、極楽行きになれるのか、そんな力がどうしてこの六字にあるというのか。信じられない、分からない。 阿弥陀仏の本願に対する疑いが次々と出てくる。合点と疑いの二つの心で、Tさんどころか自分自身が問題なのだ。 ・何とか分かりたい、ハッキリしたいと親鸞聖人のアニメ1部を見た。 特に終わり部分の親鸞聖人が法然上人に会われ、聴聞の末、抑え切れない胸の内を告白なされるところを毎日3回も4回も、1週間程見続けた。 聖人「今はもう、聞く心もございません。ただ煩悩と疑い一杯で、阿弥陀仏の御声がきけません」 上人「うぬぼれるな、そなたの心は、阿弥陀仏の御声が聞ける殊勝な心か」 聖人「親鸞の心はただ暗い、それだけでございます。 暗さも分からぬ、真っ暗がりでございます。お助け下さい上人さま」 上人「親鸞よ、そなたには、まことを聞く耳はないのだ。それがそなたのまことの姿なのじゃ。一切の自力を捨てよ。全てのはからいを捨てよ。捨てようとする心も捨てよ」 この後、聖人が獲信さなれている。 自力の心、救われたい、助かりたい、安心したい、ハッキリしたいの心がどうして捨てられようか。 この心あるから皆、聴聞、財施、顕正、その他に頑張っている。捨てよ捨てよと言われるが、ではどう捨てていいのか。 トリモチみたいに決して離れない。この心ひとつで数十年求めて来たのに。叩いても、押してもびくともしない鉄扉にぶち当ってしまった。 見るたび涙が出てしまい、1週間もすると辛くて見るのをやめてしまった。 ・また同時に、親鸞会の今の求道で本当に救われるのか、と疑問が頭を持ち上げてきた。顕正の目的がずれている、会計報告しない以上、財施も何に使われているか怪しい。 三願転入で救われる、なら19願の賢善精進の実行も外見ばかりで、本心叩けば出来ていないではないか。心口身共やっていますと自信もって言える人はあるのか。 私は出来なかった。 皆さんが尊敬されている講師部も19願の入り口にも入っていないと、高森先生がそう言われたそうだが間違いないだろう。誰か文句言えるのだろうか。 (最近信心決定していますという講師が何人もあると聞くけれど、この極難信の信前信後、どうなったのか詳しく説けるのだろうか) ・19願の諸善の次は念仏ですが、高森先生は「信仰が進むと念仏称えずにおれなくなる」と言われたことがありました。聞かれた方もあると思います。 私の支部長はよく念仏称える講師だと言われている支部長はあるでしょうか。私が所属していた県の講師にそんな方は一人もいませんでした。 高森布教局長も、念仏称えているのも数十年聞いたことも、見たこともありません。家で一人静かに称えておられるのでしょうか。私の認識不足なら失礼致しました。 20願通らなければ18願の願海に転入は出来ない。しかし念仏の人は見かけない。 ・これでは、この世で救うの本願あれど、三願転入の道、はるか遠い。 高森先生が言われた「人生の目的でなく、本当は多生の目的です」 とでも思わねば続かない。私の心にぴったりだ。しかし平生業成が親鸞聖人一生のみ教えです。 弥陀の救いは一念往生と願成就文に願意を明らかになされ、「人身受け難し、仏法聞き難し、今生に度すべし」の釈尊の御教誡は無駄ごとになる。 私達はこのまま聞いてゆば、宿善が厚くなり、ある日地震の如く後生の一大事に驚くと言われたが、それまで命があるか。 なんとかなるの信心がぐらぐらと揺らぎ始めた。皆さんの信心はどうですか、大丈夫でしょうか。 ○8月のお盆になり久々に実家へ帰った。 80歳過ぎの母が、もう父の墓参りは今年が最後だろうから連れて行ってくれと気弱なことを言った。早いもので亡くなって10年が過ぎ、車で村の墓場へ行き父の墓前で阿弥陀経をあげて母と父を偲んだ。 家に帰ると母が「こうしてじっくりと話が出来る機会はめったにないから言っておきたいことがあるので聞いてくれ」といつもになく静かに話し始めた。 自分の生まれた時からの話が始まり、これまで断片的に話していたことを、正確に時間的順序で出来事、心情を2時間余り語ってくれた。 家が貧乏子沢山で奉公に行ったこと、満州開拓団に夢を托し、結婚し男の子供2人もいたが、夫は急性肺炎で満州で急死、子供はソ連参戦のどさくさの惨事で死なせ、この世の地獄を味わった。 戦地で助けてくれた今の父と命かながら日本へ帰国して私達、兄弟が生まれ苦労したけどなんとか今日に至った。亡くした子供を思い、その分私達に注いでくれた愛情の数々を思い出すと私はこみ上げる涙を堪え切れなかった。 特に私は小さいとき病弱で、兄弟の中でも親に心配ばかりかけてきた。にもかかわらず、父が亡くなり、遺産分けが思ったより早くなったとき悲しみはしばらくで、これで助かると心で喜んだではないか。 今も私の身の幸一つを思っていてくれる母に日頃何を思っているのか。 親を利用する心しかないくせに、自分の子供の恩知らずの態度に、己忘れて不満一の私ではないか。 ああ私程、恐ろしい者はない、浅ましい子供は無い、親は無い。恩知らずの鬼は私だ。、 悪かったー、俺程悪い者は無い、堪忍してくれー、と大声を挙げて膝に泣き崩れた。恥ずかしいも何も無かった。泣くしかなかった。 母は「分かった、分かった」と背中を撫でてくれた。 私が泣き止むと母は話を続けた。 「お前が高森さんと縁があって仏法聞くようになり、講師にもなって苦労しているのを見て、早く信心決定してくれ、まだかなまだかなとずうーと思ってきた。生活も大変やし子供もいるのにどうしてやってゆくのかとそれも本当に心配だった。講師やめて働いて生活心配ないようになったと聞いて安心したよ。だけど後生のことは大変だ、このまま高森さんの話聞いていって信心決定できると思っているのか」と聞いてきた。 本当にドキリとした。見抜かれていると思った。どうしてそう思うのか聞くと驚くことを言い出した。 ・「満州から帰ってしばらくして、、高森さんが村の寺へ説教に来られ、聞く気なかったけど余り近所の人に勧められ、断ってばかりいては悪いと思って参りにいった。 その時「念仏称えておっても助からん、信心頂かねばあかん」と言われた。この人変わったこと言う人やなと思った。まだ学生服の金ボタンの頃で、誘った人に訳を聞いても要領が悪い。それで夜の説教が終わっていたけど数人で寺へ戻って尋ねたら、奥から出て来られて囲炉裏かこんで夜中3時頃まで聞いた。 それから聞き出した。婆ちゃん(祖母)も聞けるとき聞かなあかんと言ったので聞き回った。そりゃ厳しい話やった。しかし満州で地獄見て来たから、罪悪、無常が本当で怖いけど聞いた。数年後、聞いて安心出来た。 お前みたいな者がと言われるだろうから、ずーと言わずにきたけど、いつ、何時死のうとか私の後生は心配してくれるな。 それより、落慶式に行ってあの広い所(2000畳)と前のテレビの大きいのには驚いたが、話を聞いててこれではなーと思った。 歳とられて声も迫力も無くなったのは仕方ないが、昔の話はもっと腹に応えた。今は次から次からテレビに言葉が出てきて、若い人(アシスタント)に説明させて、黒板のあっちへ行ったり、こっちへ行ったり、どうしてじっくりと座って、話されんのやろ。声小さくてもマイクあるから良く聞こえる。 落ち着いて、じっくりと話して欲しいな。次々と色んな言葉出されても多くて覚えてもおれん。昔と違う。 お前、あんな中で信心決定しようと思ったら余程、真剣に聞かないと聞けんと思うが、どう思って聞いている。何十年も何、聞いて来た。一生なんかすぐ終わるぞ。 お前、高森先生だけに聞いてるがそれでいいのか。一度、離れて静かに自分の心を見つめた方がいいのでないか」 がーんと来た。私の数十年の聴聞姿勢を破壊されてしまった。 この世ばかりか、後生まで心配してくれる親であったのか。 それなのに、余り仏法のこと分かっていないと思い、教えてやらねばと自惚れていた。 父の本棚には昭12年に出版された為蔵館の「本願成就文説教」があった。当時、有名だったのか高森先生が説法で話された内容も多く書かれている。父も私より深く聞いていたのか。 私は如何に愚かな息子か、それと同時に何と有難い両親の元に生まれたのかと思いながら、父の伝言のようなその本を持ち帰った。 ○私はこれまでほとんど高森先生、親鸞会発行の出版物しか読んだことがなかった。皆さんもそんな人、多いと思います。 何しろ高森先生だけが、唯一の善知識だから、他は読む必要は無い、間違っている。読むこと自体高森先生をおろそかにしている謗法罪だという意識しかありませんでした。 禁止を破った清森さんはその為、何日も講師部会合の時、前に出され、全講師部から指摘の嵐を受けた。 「君は学院再研修だな」と冷たく高森布教局長から断を下され支部長解任の処罰を受けてしまった。誰も恐ろしくて他の本は読めなかった、話を聞けなかった。今もそうですから、ここをこっそり見ている講師部員は隠れてでしょう。 ・父の残してくれた、「本願成就文説教」を読んで私の頭は「目から鱗」くらいではありませんでした。 高森先生だけが唯お一人の善知識の思いが崩れ出した。 高森先生以外にも、阿弥陀仏の本願を分かり易く伝えている方があった。 私にはソ連崩壊よりすごい、信じられないことが起こった。 見るなといわれていた、インターネットにも接続し「親鸞会」を検索した。 有るは有るは、紹介や批判の項目が10もあって読み始めた。 中に、「なぜ私は親鸞会をやめたのか」があり、開いて見て驚いた。 「高森顕徹氏の著書のルーツ」を読んで、大沼法竜氏と華光会創始者の伊藤康善氏の著者を盗作していたことが分かった。 高森先生は「糸一筋でも他人の物を盗ってはいけない。私は子供の頃、母に拾った柿を見せて半殺しにされる程酷い目にあった」と講師部の前で盗むことの悪を教えられた。 だから問題なのです。 ここまで読まれた方で、高森先生を信じておられる方も多いと思います。私もその心情はよく分かるのです。しかし事実を誤魔化さず見つめてゆく勇気が今必要です。検索すれば分かります。 私は大沼氏の福岡県の寺に電話で本を早速注文しました。30巻中今は16巻しか無いと言われ全部下さいと言いました。 華光会へも電話で注文し「仏敵」「安心調べ」「われらの求道時代」「念仏のお叫び」等を求めました。 読めば読むほど、大変なことが分かって来たのです。 # by watashinobyakudo | 2008-05-25 21:29
皆さんの中に、私の発言を憎々しく読んでおられる方もあると思います。 長い間、高森先生、親鸞会にご恩を受けながら、しかも信を獲たように言いながら、信じられない言動だ、偉そうに言うなと。 歎異鈔6章にも「自然の理にあいかなわば、仏恩をも知り、また師の恩をも知るべきなり」とあるのを、よもや知らぬはずはなかろうにと。 心情は痛い程よく分かります。 私も何度やめておこうかと思いました。 名前を隠していても、話が進めば、具体的になれば、いずれ分かり、煩わしいことも予想され、悩みました。 しかし、30年聞いても分からんと泣かれたTさんは次の年の1月に亡くなられました。後で知って自宅へ伺いました。 どんな思いで亡くなられたのだろうかと思うと、真実伝えることの出来なかった自分を謝らずにおれませんでした。 また獲信後、どうしてもお伝えせねば、と尋ねた一人暮らしのMさん(80歳過ぎの女性会員)は、すでに5ケ月前に急に亡くなっておられました。遅かったーと泣きました。 20年以上求められ、本部、地元御法話と週に3回必ずお参りし、それでも「後生が心配だ、でも分からん、難しい、私には無理ですかね」と何時も言っておられたのが耳を離れません。 ああ折角、仏縁に恵まれたのに、南无阿弥陀仏のみ心を知らずに去っていかれるのを、阿弥陀仏は身を切る思いで悲しんでおられる。 十劫の昔から、どうしたら聞いてくれるか、こうもしたら分かってくれるかと、あの手、この手のご方便なされて、待って、待って下されているのに、その御心が伝わらずにーーー 泣いて死に行く人以上に泣いておられる。 黙っておれない、これではご縁ある方も今のままでは同じことになる。 私のご恩は、如来大悲のご恩が、何より先です。 すること、言うことが高森先生の批判になろうとも、私はそれで阿弥陀仏の御心を知って頂く方が現れるなら、甘んじて受けて行こうと思います。 空ごと、真実ないこの世に、どんなことがあっても、この弥陀だけは捨てないぞ、あてにせよ、まかせよと抱き摂って下さった、未来永遠のあてたよりになって下さった嬉しさ、このご恩は、人の非難位で曲げられません。 分からぬ人には、分からないでしょう。 高森先生なら、そういうものだと、分かられるでしょう。 だから本気で書けるのです。 質疑応答88も読ませて頂きました。有難く思います。 それでは、大沼氏、伊藤氏の著書を読んで、何が分かったのか、お話致します。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー (大沼法竜氏) 1895年生(明治28年)北九州の在家に生まれる。お母さんが熱心な真宗門徒で大きな影響を受ける。 大正10年3月仏教大学本科卒業。 昭和51年2月死亡(80歳) 宗教法人「親鸞会館」を設立、代表役員として活動。 著書に「おやごころ」「本派本願寺の危機どちらが異安心か」「法界」「教訓」「随想録」「明暗」他多し ・大沼氏は獲信した、と自ら告白し、本願寺は法の有難さばかりを説いて門徒を喜ばせているが、間違っている、と本願寺を相手に論争した本願寺派僧侶です。その為に破門されました。 大沼氏は、三願転入してこそ救われる、またその法を聞く私とはどんなものか。逆謗の屍であり、その本願を疑う怖ろしい疑情があるではないか。 なぜ、弥陀に救い摂られる信前信後、一念の体験を本願寺は明らかに説かないのか。 皆、疑いも知らず、素直なものと自惚れている、無帰命安心の人々ばかりだ、と全国を説いて回り、著書を多く出版し、当時有名な人でした。 信者は全国に居ました。高齢な人に時々、会いました。 「本派本願寺の危機どちらが異安心か」は痛烈に批判して出した本です。「どちらがウソか」の題名によく似ています。 ○盗作の事実 ・福岡県の敬行寺に電話して、絶版以外の残ってい16冊全部を取り寄せて、読み始めた。 付箋紙を用意して、高森先生より聞いた話、著書で読んだところがあれば貼っていくと、すぐさま100枚の付箋紙がなくなり、また用意した。 読んで見た方なら、分かるでしょう。それほど多く驚いた。 どんなところか「なぜ私は親鸞会をやめたのか」の「高森顕徹氏の著書のルーツ」 にも出ているので、参考に見て下さい。 ここには、多くて書きようがありません。 「会報」「こんなことが知りたい」「光に向って」「アニメの台詞」「お葉書のお歌」「教学問題」等など 盗作しないものはない、と言っていいほど、よくこうまで熱心に盗作作業をされたものです。 高森先生の手元には、大沼氏の全集全巻が揃っていて、付箋紙がびっしりと貼られ、赤線で真っ赤だ思います。 ・一例に皆さん、まさかと思われるでしょうが、黒板に必ず書かれる、縦と横線の求道線も、大沼氏のオリジナルで、写真が載っています。 ・「光に向いて進む者は栄え、闇に向いて走る者は亡ぶ」 「法界」382Pに書いてあります。 ・「美人も笑顔忘れりゃ五割り引き」のお歌も、「明暗2800首」の中の一首で、美人をべっぴんに変えただけです。そのままの歌も多いです。2800首もあれば、いくらでも発表出来ます。打ち出のコズチがあるのです。 皆さんが講師、大講師の教学試験の時、苦労して覚えた「会報」や、高森先生のご教導だと感激して読んだ著書、「お身体、大変な中を私達の為に作って下さったお歌ですよ、もっとアニメを出しましょう」と言われ、申し訳ないと頭下げて頂いたお葉書も、ネタは大沼氏からの盗作部分が多くあったのです。 ○なぜ盗作するのか ・読んで感動し、勝れた文章であり、自分にはとても書けない。素晴らしい先生だ、信心だ、人徳だと、認めているからです。 ・しかし、誰の文章か発表しなければ、皆さんは自分の文章と思われ、尊敬される。 非常識とは知りながら、名誉欲に負けるのです。 ・盗作した以外の文章を読まれると、都合が悪い個所があるので、盗作の事実を隠す。読ませたくない。 ・著者、著書を紹介すると読まれて、高森先生以外にも尊い先生がおられることが分かり、噂は広がり、自分だけが唯一人の善知識と思われているウソがばれてしまう。 ショックを受けた会員さんの中で、そちらへ行く人(退会者)が増えるからではないでしょうか。 ○なぜ盗作が悪いのか。 前回お話しましたが、講師部に人のものを盗ってはいけない、悪だと教えられたからです。人にそう言っておりながら自分が盗めば、誰もその人を信用しなくなります。 説かれる法にも傷がつくのです。 人間は信用が大事、徳が大事、信用の無い人の話は誰も聞きたいと思わないだろう、と自ら言われているからです。 「招待されて行った家の控室に通されたら、絶対にそこの物を触るな、動かすな、絶対だ。後でその家の人がおかしいな、触ったなと分かると信用を落とすのだ」と具体的に厳しく、信用をされる人間になれ。10年20年とかかるが、崩れるのはすぐだ、気を抜かず努力せよ、と講師部は教えられた。忘れた人はいないでしょう。 仏教のいい話だから、誰のだろうと盗作でなく紹介されたのだ、悪いことでは無い、高森先生のお陰で私はよく分かってよかったと思う人もあると思います。 しかし、親鸞聖人はお聖教を書かれる時、必ず根拠を出しておられます。どなたの書かれた何というお聖教かです。 教行信証を少しでも拝読すれば分かることですよ。 尊いお言葉は、その人の命がけの求道より体得された叫びであり、命なのです。 どれほど感謝しても足りないご恩を感じられたからです。 仏法者として、当然ではありませんか。 黙って自分の文章の如く書けますか。。 学問、研究、文学、絵画、音楽など、世間でも盗作者は大変な非難を浴びて社会的信用を無くするのは、皆さんご存知ですね。 そんな常識すら、分かられないのでしょうか。 恩を知れ、といつも厳しく教えておられるのに、悲しくなりました。 ○ごまかし体質 ・退部する少し前に、講師部会合で、お葉書の言葉(歌)を覚えているか、書きテストがあった。 40首位の空白部分を書くのだが、覚えていない者を高森布教局長が「講師部員がお歌を覚えていなくて、それでも講師部か。ご苦労して作って下さったのに御心がそんなことでお伝え出来るのか」と立たされて、点数の悪い者から順に厳しい指摘が始まった。 ところがしばらく日がたち、「パソコンに残っているお歌を全部、削除しろ、ひとつでも残っていれば厳罰だ」と指示が来た。なぜか、など誰も質問しない。 高森先生の指示に決まっており、理由を聞く事自体、問題にされる。 講師部聖則「講師部は会長先生のご指示に無条件に従い、信心獲得を本と致します」に反する言動だからです。 盗作がどこかから、ばれて証拠隠滅だったことは想像できる。 自分の問題はことごとく、このように隠されてゆく体質である。 ○読んで分かった問題点 1 私は大沼氏の著書を読んで、すごい学問と文才の先生だなと思いました。 湧き出る泉の如く、言葉の洪水というという感じで圧倒されます。 親鸞聖人のお言葉以外にも、「教訓」(光に向って、に多く盗作)「明暗」(お歌2800首)と才能は広く、高森先生はことごとく大沼氏の真似をされたことが分かりました。 著作権などの法律的問題はさて置き、ここまで真似る執念に感心しました。高森先生は真似上手と分かりました。 2 私は高森先生より聞かせて頂き、40年を過ぎました。 その間、高森先生の説かれることが変化していることに気付きました。 講師部暦の長い人は分かりますか。会員暦の長い方は分かりますか。ゆっくりと時間をかけて変化しているとわからないものです。 大沼氏と高森先生の著書とを比べて読み込んいく内に、これは大変だと思うことに気付きました。 高森先生の「会報」「顕正」その他の著書にも三願転入という言葉で強調して、書かれたところはありません。 三重廃立で教えらています。ここばかり聴聞して来ました。 # by watashinobyakudo | 2008-05-25 21:27
○三重廃立と三願転入 ・高森先生「会報第5集」44P 「覚如上人は聖人の意を「改邪鈔」に「真宗の門に於ては幾度も廃立を先とせり」と申され、蓮如上人は「もろもろの雑行雑修自力の心をふりすてて後生助け給えと弥陀たのめ」と御教示になさったのである。---その廃立すべきものに三種あるから、三重廃立といい、これをしなければ絶対に助かることがないから、親鸞聖人の「教行信証」には厳しく、それが説かれている」 ・私の30年以上前の高森先生の教学講義、講義録(真宗学4号12問)に以下のように記している。 (問)善知識の使命を示せ。またその聖教上の根拠も示せ。 (答)善知識の能というは、一心一向に弥陀に帰命したてまつるべしと人を勧むべきばかりなり(御文章2帖目11通) 高森先生「三重廃立しなかったら、一心一向に弥陀に帰命することは出来ない。聖人の教行信証も一口で言えば三重廃立になる。善知識の任務は、三重廃立以外にない。三重廃立さえ徹底してゆくと必ず信を獲る」と書いてある。 ・しかし、大沼氏の著書はいたるところに「三願転入」してこそ救われると強調して書かれている。 大沼氏「広大難思の大慶喜」241P この三願転入をせず、第十八願だけでよいと言う人は、二尊や聖人より偉い人なのです。 阿弥陀さまはいらない願を建てられたか、釈尊は不要な説法をされたか、聖人自らの体験が三願転入であるが、他の道を通って聖人と同じ報土に往生ができるでしょうか。 ・しかし、大沼氏の説くところは高森先生と絶対合わぬところがあったのです。(化土往生です) 大沼氏「法界」152P-154P 「計らいのない人は一人もいない筈だ。計らい尽きて親に計らわれていた事に驚いて捨自帰他した一念の徹底する迄は、皆信前をうろついているのだ。その間に死ねば漏れなく化土往生だ。しかし化土に往生する人は疑心の善人であって吾々は悪人だから化土に往生の出来る筈がないと言う人が有るが、化土へ行かれない位の者が至極の報土往生の出来る筈がない。ーー平生業成、現生不退、明信仏智の体験のない人は如来広大の恩を迷失しているのだ。雑行、雑修、自力、疑心の桁を離れ切らないのだ。離れ切らなければ化土の結果は免れないのだ。」 「報土の信者おおからず化土の行者かずおほし 自力の菩提かなはねば久遠劫より流転せり」(正像末和讃) 大沼氏「方便より真実へ浄土真宗」411P (みな化土往生ですよ) 「自力の執着の除かれない間に死んだ人が化土往生し、絶対他力になった人が報土往生をさせていただくのですから、化土往生は階段ですから、易いのです。」 ・この説に対して高森先生の反論はすざましい。 高森先生「会報第5集」59-61P 「一体、どこに十九願相応の修行している道俗が真宗に見当たるのか。どこに二十願相応の念仏行をやっているものがいようか。真宗の道俗はさも易く「あれはまだ十九願だ」「あれは二十願の人だ」と言っているが、願の上からだけなら言えるかも知れぬが、それに相当した行がともなわない人達ばかりだから、本当の十九願の行者、二十願の行者は真宗の道俗には、いないといってよいのだ」 「ここで特に注意しておかねばならぬことは、真宗の道俗の中に、未だ大信海に入らずとも求めている者が死ねば、みんな間違いなく化土往生出来ると主張し、同行の求道心をさまたげている人がいるということである。これは許すことの出来ない正法の怨敵である。三機のところでも述べたように十九願の邪定聚の機ならば化土でも行けるであろうが、真宗の道俗の中に、そのような者は見当たらないから化土往生どころか必堕無間こそ間違いのない後生である。若し、信前の者も、求めてさえいれば化土往生が出来、やがて報土往生、弥陀同体に成仏出来るのなら、後生の一大事は立たない。 後生の一大事、生死の一大事の立たないところに仏法、また成立しないのである。若し、信前の者が、みんな化土往生出来るのなら、親鸞聖人は、なぜ「たとえ、大千世界に、みてらん火をもすぎゆきて仏の御名を聞け」とおしゃったか。蓮如上人も「御文章」の各処に「この信、決定されずんば極楽には往生せずして化土へ参るべきなり」といわれずに「無間地獄に堕在すべし」と教えられている。」 (徹底して化土往生は出来ないと教えておられたのである。覚えておいて下さい。これは大沼氏への批判ではないでしょうか。しかし、大沼氏はこう反論した) ・大沼氏「八万の法蔵は聞の一字に摂まる」131P 「化土往生ができる」なんて言えば「われわれのような者は自力の修行が出来ないから、化土に行かれるものか。化土へ行くのは、自力の修行をした人が行くのだ」と言う人がいるだろうが、あなたは自力が出来るか、出来ぬかやってみたことがありますか。ーーーまだあなたは、19願の入り口ですよ」 (やってもいない者がいうな。入り口とは講師部にも言われた言葉の元がここにあったようです) ・大沼氏「昭和の歎異鈔」322P 「たとえば買い物の荷物を子供が持つと言ったとき、持てないこと承知の上で親が荷物の下に手をすけ、子供は真っ赤な顔をしてーーー」 (自力一杯、善をやった者が出来ないと知らされ、次の20願へ行くのだ。何度も聞いた、この譬え話も皆大沼氏のここから出ています。とにかく盗作が多い) ・大沼氏の本を読んでいて思い出したことがある。 先輩の親鸞会元講師に岐阜県の寺の出身者で龍谷大学卒業の佐藤講師がおられた。(退部後、交通事故で亡くなられたと聞いた) その佐藤講師から忘れられない話を30数年前に聞いた。 「僕は龍大へ行って親鸞聖人の教えを学んだけれど、今の本願寺では無帰命安心で駄目だと思ったよ。 それで、本願寺が駄目なら、その本願寺に破門された人なら本当の方かもしれないと思って、当時本願寺と喧嘩していた大沼さんのところへ聞きに行った。 大変な学者でもあり、話も真剣だったから聞いた。 しかし、三願転入の話になり、真剣に求めている人は、信前の19願、20願の人だから信心決定していなくても皆、化土往生だといわれて驚いた。 これでは、極楽は無理でも化土往生なら有難いと座ってしまい、求めようとする気にならない人も多くなる。 聞いている人には、獲信してなくても後生の一大事がないことになる。これではあかんと思った。 もうお一人、本願寺を非難している人が高森先生だった。 本(会報)にも化土往生を言うものは正法の怨敵とあったので高森先生より聞かせて頂くことにした」 ここまでは、随行文を聞いた方なら覚えておられるでしょう。 そして話を続けて 「これは内緒だよ、誰にも言わんといてほしい。 まさかと思うけど、高森先生の生きておられる時には、ありえんと思うけど、三願転入を言い出す者が現れて化土往生出来ると言う者が出て来ないとも限らん。 お聖教上は、化土往生は説かれているからね。 実は高森先生の話や、書かれたものに大沼さんの本からのものが多くて気になるんや。気になる。ここだけの話やよ」 えーと驚いた。具体的にここが盗作とは聞かなかったが、当時はカチン、カチンに高森先生を信じていたから、絶対そんな心配はない、三重廃立しか話されていないからと思っていた。 ○三願転入の説法始まる ・しかし平成5年の「親鸞会結成35周年大会」で遂に、三願転入の説法が開始されたのである。驚いた人はどれだけあったでしょうか。 「親鸞聖人の教行信証は三願転入が説かれている。 我々に19願、20願いらぬ、18願だけでいいと公然という学者もいるが、皆三願転入を根基として書かれている。御和讃もそうだ。十方衆生が選択の願海(18願)に救われるのは、19、20願通ってであり、通らねばアリ一匹救われぬ」 (平成18年4月30日教学講義にもそう言われた) ・佐藤講師の心配が的中してゆくのだろうか。 ○「会報」の廃刊はなぜ 「会報」は平成9年「私の道」として出版されると顕正新聞に発表されましたが、未だ出版されません。 また、「現代仏教界の最高峰に位置する著書」と言われた「会報」は廃刊になってしまいました。 大沼氏、華光会の伊藤氏の著書の盗作がインターネットに「どちらが先か」と問題になり、批判を浴びて廃刊になったのが真相だと言われていますが、例の如く高森先生は理由説明責任を放棄されたままです。 もちろん講師部は誰も聞けません、知りません。 しかし親鸞聖人の重要な教えが書かれた「会報」を捨てる人はないでしょう。私も今も持っています。 ・教学問題真宗学4号問49 今は教学聖典ですが、以前は教学問題と言われました。 (問)真宗は0点か100点かの二通りしかないことを教えられた和讃を一首かけ (答)専修の人をほむるには千無一失とおしえたり 雑修の人をきらうには万不一生とのべたもう (高僧和讃) この問題は教学聖典から無くなっています。 削ってもいい内容でしょうか。 0点か100点それ以外の人は無いという話でしたがこの問題は何か都合が悪くなったのでしょうか。 化土へ行く人は0点とは言えないからでないでしょうか。 ・まだ「信前の会員でも、私の法話を聞き、参詣、財施、顕正の諸善、活動に頑張っている人は皆、化土往生です」と正式に言われません。 しかし25年前、高速道路を逆走行してトラックと正面衝突し即死した、細川、松田両講師の死に対して高森先生は「私は二人の後生は心配していない。臨終に観音菩薩の説法にあったと思う」と言われた。 細川講師は過労のあまり、福井県のパーキングで仮眠し、寝ぼけて、来た道を戻って逆走行したのだ。 松田講師は助手席で寝ていて即死した。こんな状態で観音菩薩の説法にあえるのか、当時おかしいと思ったが、親しい友だから、そうであって欲しいという感情が入り、何となく納得してしまった。本当ですか、と高森先生に聞く講師はいなかった。 先生がそう言われるのだから、と思ったもです。 善知識高森先生に絶対間違いはないのですから。 私らに分かるはずがないのですから、と思ってしまった。 ・昨年の香港御法話でも、真剣に求めている人は観音菩薩の説法にあえると言われたとか。感動した会員さんが、手紙に書いて来た。 根拠がどこだろうか、そんなことどうでもいい、高森先生が、そう言われるのだから、それでいい。 ・20年や30年で獲られる信心なら「億劫にも獲難し」と言われるはずがない(これが獲信か、7P) ・雑行、雑修、自力の心を知るには30年40年かかるだろう。(教学講義) ・信心獲得は100年や200年求めて獲られるような、ちっぽけなものでなく、多生永劫、求めてようやく獲られるもの、ということが明らかです。ーーー 我々も魂のリハビリをしているようなもので、信心獲得までには肉体のリハビリどころでない、多生永劫という長いリハビリの時間を要するのだ、と教えて頂きました。(昨年来た友人の手紙・会員暦30年以上) ○親鸞会はどこへ行くのか 平生業成・現生不退・一念往生のみ教えは会員さんの心に本当にあるのでしょうか。 看板だけか、人に入会をすすめる文句だけになったのでしょうか。 ・阿弥陀仏はなぜ一念で救うという本願を建立されたのか。 「如来の大悲、短命の根機を本としたまえり、若し多念をもって本願とせば、命一刹那につづまる無常迅速の機、いかでか本願に乗ずべきや。されば真宗の肝要、一念往生をもって渕源とす」(口伝鈔) 「聞思して遅慮することなかれ」(親鸞聖人) 「明日も知らぬ命にて候に、何事を申すも命終わり候わば徒事にてあるべく候。命のうちに不審もとくとく晴れられ候わでは、定めて後悔のみにて候わんずるぞ。御心得あるべく候」(蓮如上人) 阿弥陀仏の御心を伝えられた真の知識のお言葉を、今こそ深く思うときではないでしょうか。 ・宗教法人「親鸞会館」も館だけの違いですね。 ・高森先生は「私は親鸞学徒です」と言われますがこれでは「大沼学徒」と言われても仕方がないのではないでしょうか。 ・高森先生の後、親鸞会はどうなるのか、誰の話を聴聞すればいいのか、高森布教局長では無理だろう、という話をよく聞きました。 ○これからの親鸞会を考えるだけでも大変なことでしたが、華光会の伊藤氏の著書を読んで、それ以上の衝撃が走りました。 # by watashinobyakudo | 2008-05-25 21:25
○私と華光会との出会い
インターネットで親鸞会を検索し、「なぜ私は親鸞会をやめたのか」の中で「高森顕徹氏の著書のルーツ」で盗作を知った私は、大沼氏と華光会伊藤氏のことを知り、電話で著書を取り寄せ真偽を調べました。本当だった。 前回お知らせしたように、盗作は非常識行為に留まらず、当然高森先生の説法内容に大きく影響しており、問題の根の深さに驚きました。 今回は華光会・伊藤氏との関係、問題点をお伝えします。 講師部も知らされていない、勿論会員さんにも隠されてきた真実が見えてきました。 (伊藤康善氏) 1897年(明治30年)奈良県の寺院に生まれる。 昭和44年死亡(67歳) 仏教大学(現龍谷大学)卒業 浄土真宗興正寺派学頭 浄土真宗華光会創始者(昭和33年) 著書に「仏敵」「安心調べ」「我らの求道時代」「善き知識を求めて」「化生の世界」「死を凝視して」他、多数ある。 (これらから盗作されていた) ・「仏敵」は伊藤氏自身の獲信体験を書かれた著書で、読む人をして阿弥陀仏の本願の尊さ、不思議さを実感させられる書である。読まれることをお勧めします。(春秋社より出版) (増井悟朗氏) 1925年(大正14年)大阪市に在家に生まれる。 龍谷大学研究科卒業・浄土真宗本願寺派布教使、華光会現代表者。現在も健在で布教に全国へ行かれる。 著書に「念仏の雄叫び」「親指のふし」「廻心の体験」「後生の一大事」「宗教とカウンセリング」その他 ・「御法話テープ」も多く有り、法話が聴聞出来ます。 ○高森先生の求道の原点 ・高森先生は1929年(昭和4年)富山県の浄土真宗本願寺派の末寺の次男として生まれる。 16歳の時、海軍航空隊予科練に入隊。敗戦で除隊 龍谷大学入学。 17歳(数え歳18歳)で信心決定、在学中から布教活動をする。 浄土真宗親鸞会結成、会長就任(昭和33年)29歳 皆さんが知っておられるのは、ほとんどは親鸞会の歴史「法輪の響き」で描かれた上記の高森先生だと思います。 しかし、どのようにして獲信されたのか、教えを受けた善知識はないと言われ、最近は特に自分の体験を話しされません。 個人的な獲信は話するな、聞かぬ方がいいという指導になっています。 親鸞聖人のお言葉には摩訶不思議な力があるから、お言葉だけを伝えればいいのだと言われています。 (30年ほど前の高森先生の言葉) ・「本願寺前の総会所へ参っては一番前で一言も漏らすまいと聞いた。全部、方言まで覚えていて後で書いた」 ・「火葬場の灰を握って無常を取りつめたり、線路の上に座って取りつめようともした」 ・「死んだ後が有るのか、無いのか大学の友達と論議したが、勝てなかった」 ・「奈良のおばあさんの所へも聞きに行った。一晩中聞かせてもらったが信心決定が出来ず、あんたは無宿善かもしれないと言われて、泣き泣き帰った」 ・「橋の下の乞食になってもいい、後生の一大事が解決出来るなら手足の1本や2本無くなってのかまわん解決したいと思って求めた」 ●「私には、教えを受けた先生はいない。親鸞聖人に導かれて信心決定したのです」 古い講師部、会員さんなら聞いたことがあるでしょう。 しかし●のところ、「わたしには導く善知識はなかった」にウソがあったのです。 ○高森先生と伊藤氏、増井氏との出会い、ご縁の歴史 昭和21年(17歳) 6月先輩の増井悟朗氏に龍谷大学内で声を掛けられ華光同人となり、求道の指針を示される。 7月富山県の実家へ帰省。増井氏より伊藤氏著作の「仏敵」や「華光」誌などの本を送られ読む。 大学の夏休み中に獲信(数え歳18歳) 新学期になって増井氏に獲信したことを話す。 10月学友に獲信体験を語る。また、伊藤氏の「療養と求道」を貸し与える。 伝道部の総会でも熱弁をふるい、華光例会に学友を誘う。 ご縁のある人に「仏敵」を勧める。 ●「華光」第5巻、5号に獲信体験を発表する。 昭和23年(19歳) 8月実家の寺に伊藤氏を招き、法話、座談会を開催。 両親、高森先生とご縁のあった5人の座談会の内容を後に出版する。 昭和24年(20歳) 1月華光社より座談会の内容を、高森顕徹著「化城を突破して」と題して出版販売価格100円。 9月第1回全国華光法話大会に参加して説法する。 昭和25年(21歳) 3月「化城を突破して」を「獲信の記録」と改題して再販する。 7月京都で増井悟朗氏と語り合い、吾勝氏と3人で奈良県の伊藤氏の寺を訪問する。 昭和10年(27歳) 12月「会報」執筆始まる。 昭和33年(29歳) 伊藤氏「浄土真宗華光会」を宗教法人に登録。 高森先生は華光会との縁を切り「浄土真宗親鸞会」を結成、宗教法人に登録、会長に就任する。 ○伊藤、吾勝氏は高森先生の本心、理由を聞きに富山県に尋ねて来られるが、面会拒否する。 昭和41年(37歳) 1月「華光」誌に最後の年賀挨拶を載せたと聞く。 昭和45年(41歳) 11月「会報」第5集出来る。完結する。 平成11年(70歳) 6月「これが獲信か」のパンフレットを全会員に配布して徹底させる。 華光会を「土蔵秘事に類するもの」異安心として伊藤氏、増井氏を激しく非難する。 ○「会報」を廃刊にする。理由は発表されない。 インターネットでは、伊藤氏からの盗作だと非難されていた。 改定版「私の道」も発刊されなかった。 ・こんなことが本当だろうか、信じられないと思う方も多いと思います。 華光会、伊藤、増井氏と縁が有り、10年余りも師として法友として活動を共にしていた過去が実在したのです。 勇気を出して、事実を明らかに見て下さい。 これから、その事実と問題点を明らかに致します。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ○高森先生 「華光」誌第5巻5号 「学校の伝道部に入り、一意誠らしく話してみたが、真の安心はできない。或る人は信心を戴かない伝道は奇弁だと非難する。それについても私は非常に恥ずかしかった。穴があれば入りたい気もしたが、どうにも私を迷わせただけでありました。名誉獲得に常に走る我が心を哀れと思いながら、なおそれを覆い隠そうとする迷雲は、なかなか私を仏道に近づけなかった。 そこでまた私は、聞くということが我が真宗では大切であると言われるから、大いに聞こうと毎晩毎晩総会所にお参りさせていただきました。ところがいかに説教を聞いても「うまく言うない」「フフン」とあざける内心に、何だか嫌になり、或る晩もあまりに自分の立場に苦しみ、ひとつ徹底的に私の理解を促したいと、布教使さんのもとに行き、自分の疑っていたことを問いただしてみたが、これも明解を得ず、満足せずに悲しく淋しい闇夜を帰ったこともありました。 何とかして私達に、地獄の存在、極楽の有無を確実に指してくれる人はないか。求めつつ、ややもすればこの解答をなし得ざるを自身の偉きが如く考え、人をも迷わし、自分も迷いながら、実に毎日仮夢をやっていたのであります。 はからずも夏休み数日前に、増井君をはじめ数名の求道者諸兄の御指導を受け、半信半疑、なお私の心は悶えました。親切にも休暇中『仏敵』の書をお借りして読ませていただき、また家にあった書物により、さらにまた華光をも送っていただき、次第にその迷雲も晴れ、今日までの悪疑を恥づるに余念がありません。ただただ「そのままこい」「そのままでよい」とは何と有難いことでしょうか。南無阿弥陀仏々々々々々々 これも諸兄の方々のお骨折りによるものと、さらに大悲の無限の方便摂化に、ただ感泣するのみであります。毎日毎夜、念仏は楽しい時に苦しい時に、無造作に口より出づる蓄音機にさせていただいて、有難き弥陀の呼び声を聞かせていただけます・・・ただただ、うれしさで一杯なのであります。南無阿弥陀仏今や、地獄極楽の存在など疑ってみようとする心の恐ろしさに身をば悶えるのであります。ただ南無阿弥陀仏々々々 しかし日常生活は煩悩の起こりづめで、ことさらに変わったところもなく、といってそれとて一時の間で、後は悲しみも楽しみにさせていただいております。今後ともますます諸兄の御指導をお願い致す次第であります。」 ・獲信に至った経過と信後の心境を正直に告白した文章です。 それを裏付けるように増井氏の著書「念仏の雄叫び」にも詳しく載っています。 ○増井悟朗氏 「念仏の雄叫び」14Pー16P 「彼は、私よりずっと年下で、ズングリした小柄なイガグリ頭で、休憩時間になると、教室で端座して黙想していました。私が、この男ならと目をつけていた一人でした。彼は「地獄、極楽の有無を問われたら、どう答えるか。僕の檀家の予科練帰りの青年なんだがーーー」と質問しました。 それで私は「あんた自身はどうか?」とつつくと、「うん、僕はわかっているが、説明の仕方がわからん」という。入信後、日も浅い私だが、人の信、不信はわかるのです。これは、彼自身の質問だと直感したが、地獄、極楽の存在を問題にする前に、無常観と罪悪観を話してあげれば、地獄行きは人ごとでない、自分だと受け取れるだろう」 と申しましてね、罪悪観と無常観の具体的説明をしたわけです。勿論、他の友人たちにも聞いてほしかったのは言うまでもありません。 九月に入って、夏休み中の研究レポートを出し合いました。 帰途、T君(高森君)のレポートを歩きながら目を通していた私は、胸が熱くなって、そのまま彼の下宿にとってかえしました。 「おい、きみ、よかったなあ・・・」と、手を取りあって法悦を語り合いました。彼は、私から手渡されていた恩師(伊藤康善師)の入信体験記「仏敵」にかじりついて、無常観、罪悪観をつき進めて、ついに獲信したようでありました。」 後で知ったことですが、私を知るまでの彼は、本願寺の総会所の説教聴聞に熱心に通っていたようです。説教の後で講師室を訪ねては「地獄、極楽はありますか」と質問を重ねていました。どの講師も即答する人がない。その応答ぶりで、その人の不信心がピンとくる。誰に尋ねるすべもなく、彼は、悶々としていたというわけです」 ・高森先生の告白と内容が一致する。 増井氏こそ高森先生の顕正者であったのです。 「仏敵」を書かれた伊藤氏こそ高森先生の善知識であったのです。 皆さん、この事実、聞かれたことありましたか。 私は以前(30年ほど前)親鸞会から華光会へ行った人から、「高森先生には善知識がおられる、隠されている、私は知った」という電話をうけて、何を馬鹿なことを言っているのか、そんなことがあるなら言われる筈だ、と全く問題にもせず、信じ切っていました。 ここを読まれている方の中にも当時の私と同じ思いの方もあると思いますが、事実なのです。 ○伊藤康善氏 「われらの求道時代」 ・華光学生運動44P-45P 伊藤師 「終戦直後の龍大に信仰運動が起こったのは稀しかったね。中心は君(増井氏)や高森君や吾勝君で、その上に池田君が指導していた。一時は龍大生、女子大生が五、六十人も集まったではないか。」 増井氏 「華園会館や三条詰所で信仰の大会をやると三日間で二百人位、集まりました。江州から女学生が多く集まった。その人達に龍大生が信仰示談するので、皆が熱心に聞きましたね。高森君等は京都駅で街頭演説していましたよ。そのご縁で華光会館を建てて下さった北口夫婦に信仰の火が移りました。あの当時に集まった学生諸君も地方寺院の住職として各地で活動しています。」 ・華光青年僧を知る228P--229P 伊藤師 「華光の高森君を知ったのは其の頃ですか」 北口夫人 「終戦後の蓮如上人四百五十回忌に田舎の人々を連れて本山に参詣しますと高森先生の天幕伝道を承りました。私と同じようなスッパリした信仰体験談で、今日までどなたからも、これほど元気の良い話を承ったことがありません。これは有難い方に巡り会ったと喜びまして自宅へ招待しました。実は私よりも主人に聞かせたかっのです」 伊藤師 「高森君に対する御主人の印象はどうです」 北口主人 「私は高森先生に初対面した時、粗末は学生服で黒タビに靴をはいておられましょう。二階へ上がる時見たのですが、そのタビが破れています。その姿に感心しましたね。学生ならは服装も飾って皆によく見てもらいたい年頃です。それを捨てて勉学や伝道に熱心なのは普通な方でないと思いました。---」 伊藤師 「あの人は現在北国方面で在家伝道者として大きな感化力をおよぼしています。華光同人の信仰運動は皆が総かかりなっても僕一人には及ばないとホラを吹いていましたが、実際らしいですね。2ケ年先の伝道の日取りもギッシリ詰まっていて京都へ出る時間すら無いのです。龍大で信仰運動を起こし、北国に帰ってから地方でその人ありと言われるくらいで、あの熱烈な説教は奥さんが惚れたように誰でも感動します」 小田あさみさん262P 「講演の後は高森先生を囲んで車座になって示談があるのですが、私はなるべく先生のおそばに近づいて話を聞きました。一週間もすると、先生に分かれるのが悲しくて、家へ帰る道の反対に6里(24キロ)ばかり離れた三次(広島県)までバスで送りました。先生と別れる時に一冊の「仏敵」を手渡されて、「秋の華光大会までには是非、獲信してくれ」と頼まれました」 ・伊藤師、増井氏と高森先生がいかに当時、信頼関係が深かったか、知らされます。 華光会館を建てた人の顕正者は高森先生だったのです。 「仏敵」を渡して、これを読んで獲信するように言われていた師を、なぜ「土蔵秘事に類するもの」と罵倒しなければならないのでしょか。 # by watashinobyakudo | 2008-05-25 21:23
○高森先生 「獲信の記録」について この本がまさか60年後に多くの人の知るところとなり問題になるとは高森先生は夢にも思っておられなかったと思います。 講師部暦のどんな古い人でも、会員さんでも読んだことは無いと思います。絶対に読ませたくない、知られたくない本と思います。 ・恩師、伊藤師を富山県の実家の寺に招待して、御法話、ご示談がなされました。 両親、高森先生とご縁のあった獲信者、5人の方のご示談の様子が目前で行われている様に、活き活きと伝わってくる。 ここに、特に注目すべき方の体験談が載っていた。 高森先生のお母さんです。 78P-80P 「龍大生になった顕徹は、二年頃から仏教に対する態度がガラリと一変しました。 今まで徹到徹尾、反宗教的な子供が急に有難そうにしきりに念仏し始めるようになりました。 ところが、その念仏が普通でない、喜び方も狂気じみていますので、ああとうとうこの子は仏法狂人になったのではあるまいか、お寺で念仏するのは外聞が悪いことはないが、この子の将来を思うと気が気でありません。 その頃からです、大学の休暇に帰省するや、いなや、これまたどうしたことか、廃立とやら何とやら小難しい理屈を覚えて参りまして、平和で念仏喜んでいる村人を捉えては眼の色を変えて議論します。---- 住職(お父さん)に忠告致しました。 「こんなことで顕徹が門徒の信心を惑乱させていますが、貴方は黙って見ていられるのですか。あれは昔からやかましい地獄秘事とやら、土蔵秘事とやら云う異安心では御座いませんか。 何処で、そんな阿呆なことを覚えてきたのやら。この様子では門徒は二派に別れてくるではありませんか、何とか貴方から、注意してやって下さい」 と云うと、住職は済ました顔で「あれが本当なのだ。決して秘事でも異安心でもない、あそこまで真剣に行かぬと当流の信心は徹底しない。 ところが、あそこまで真剣に説く人が少ないのだ。我が子ながら感心な奴が出来た」と云って喜んでいます。 住職がそう云うならば、私が黙って引き込むより外の道はありません。----- 所が私には又、私に相応した様な方法で、如来様の御慈悲に徹底させて頂いたのです」 ・これから、生々しく獲信への体験が語られていきます。 伊藤師146P 「仏法王国と云われる此の富山ですら、此の大浦(高森先生の村)で獲信する者が続出すると皆がびっくりする。何故、皆が驚くのか、それは本当の信心を戴いた人が少ない証拠です。--全く、焼け野原の只中で暮らしているような気持ちで居りましたが、我々の同信の友から、高森顕徹と云う弱冠の若武者が飛び出して、轟々たる非難嘲罵を押し切って、廃立の法幢を押し立てた」 ・伊藤師は高森先生の活躍を心から期待し、称讃しておられる。 ●伊藤師、華光会が「土蔵秘事に類するもの」なら次の疑問が起きてきます。 1 高森先生は増井氏の話を聞き、また「仏敵」「華光」などを読み、獲信したと自ら語っておられるが、18歳の時のその信心も異安心ですか。 2 18歳の時、自分は正しく獲信したが10年余り、伊藤師の信心を異安心と疑問に思わなかった。分からなかったのですか。 3 お父さんは高森先生が善き師(伊藤師)に出会ったことを喜ばれて、奈良県から自分の寺に招待し、説法を門徒と聴聞し、ご示談に参加された。 伊藤師が土蔵秘事の異安心とは言っておられない。もしそうなら、門徒の人に異安心の話を聴聞させてしまったことになり、恐ろしい罪を造られたことになりはしませんか。 4 村の方に高森先生は布教されたが、5名の獲信者は誰も三願転入の話を聞いたと言っていない。廃立は説かれた。 三願転入せずしてアリ一匹助からぬと今、説かれていることに合わないのですが、どう理解すればいいのですか。 この時の村人の信心は皆、異安心ですか。 5 高森先生は18歳で獲信、このご示談は2年後ですが2年ほどの布教で村人5名も獲信されたことになります。 「これが獲信か」には「二十年や三十年で獲られる信心なら、億劫にも獲難し、と言われるはずがない」と非難してありますが、矛盾しませんか。 講師部に、どうしてこのように早く獲信出来る話をされないのですか、不思議ですが。 6 「獲信の記録」を出版したことは大変な間違いだったと、今は思っておられるのですか。もしそうなら、村人に謝って回られたのですか。あれは間違いです、正しい信心ではありませんでしたと。 7 お母さんの獲信体験談は、親鸞会の高岡会館時代に私は直接に他の人々と聞きました。テープも残っていますが、全く「獲信の記録」と同じ話です。 お母さんのこの時の、華光時代の信心は異安心なのですか。 親鸞会時代は同じ体験談ですが、正しい信心なのですか。 8 同じく、滋賀県のT岸○○○さんも、S52年「華光」誌に華光同人として、獲信体験談が載っています。今は親鸞会会員として、浅倉保講師がT岸さんをビデオ取材して、同じ話を多くの会員さんに、紹介していました。同じ人が華光会で言ったことは土蔵秘事に類する異安心で親鸞会へ来て語ったら、尊い話になるのはなぜでしょうか。 ○こんな尊い著書をなぜ、親鸞会会員に紹介されないのでしょうか。 獲信の御縁には、ならない本なのでしょうか。 ○高森先生 「顕正」 常に虎の説法124P 「然るに、わが浄土真宗は、このような十九、二十の本願に当る浄土宗とは違って、十八願の願意である、信心正因称名報恩の仏意を弘通する教えであるから、信前の人にも信後の人にも、終始一貫して信心正因、称名報恩の教えを勧めなければならない。ーー 手本はいかに信心正因、称名報恩でも機執によって、そのようになれず、或いは定散自力の称名となり、称名正因となるものもあろうが、たゆまずアキラメず信心正因、称名報恩の教えを勧めていれば、やがてその真意を諦得出来るようになるのである。ーー 未熟な人に合わせて信心正因、称名報恩の教え以外の法門を説いて、信心を得る方法に称名せよ、などと教えれば、あたかも猫の手本を与えて虎を書く方法とするようなものである。故に教家は常に虎の説法をしなけらばならないである。 真仮廃立128P 「廃立とは、廃は捨てもの、立は拾いもの、ということで雑行雑修自力は、捨てものであり、廻向せられるものは名号六字である」 ・三願転入は何処にもなく廃立が大事と教えてある。18願の世界に入るには、雑行雑修自力を捨てるには、19願の諸善、20願の念仏を励まねば廃らぬ、間にあわぬと知らされぬなど、どこを読んでも書いておられない。 「顕正」は昭和33年発刊。親鸞会結成の年だが、当時と今と説かれることが、違ってきているのではないでしょか。 ○「これが獲信か金剛の真心に暗き哀れさ」のウソ 取り寄せた、華光会の著書を読んで行くと、「これが獲信か」のパンフレットの悪意が読み取れるようになってきた。 どこなのか、次回の体験談でお話します。 親鸞会からの一方的情報だけを正しいと信じ切って会員さんにも徹底してきたことが悔やまれてきた。 このパンフレットの為に、私は華光会に警戒心を抱き続け近づくことが出来なかった。 ○増井悟朗先生に電話で質問する 私は書籍を電話で注文するとき、まだ警戒して子供の名前で注文した。 しかし読んで行くうち、質問したい気持ちを抑え切れなくなってきた。 伊藤師はすでに亡くなっておられる。果たして増井先生は、ご健在であろうか。 すでに80歳を越えておられる筈、若いとき結核で苦しまれたと本にあった。 ご健在でも、初めての私と話して下されるだろうか。 親鸞会では、高森先生に未会員が急に電話して話しなんか想像出来ないではないか。電話番号さえ知らされてない。 しかし「念仏の雄叫び」「親指のふし」「廻心の体験」の内容に聞きたいことがある。 どうか、どうかと思って華光会館へ電話を入れると、息子さんの増井信先生が名乗られて出られた。 「父は今、用事で出かけていますが、5時頃、帰ると思います」 と言われた。 あっ、生きておられた、良かったー。話も出来そうな感じだ。 6つにまとめた質問を5時まで何度も、どう聞くか復習した。 5時に電話すると出て下さって、自己紹介し親鸞会の会員であることを正直に言った。本を読んで尋ねたいことがありますが、いいですか、と聞くと、どうぞと言われた。 1 阿弥陀仏の救いとは 2 三願転入するとは 3 宿善まかせかとは 4 ご本尊 5 華光会は土蔵秘事か 6 高森先生と華光会の関係 1時間以上、時の過ぎるのを忘れて、私は質問して聞いた。 増井先生は一つ、一つ丁寧に話された。 増井先生の御法話テープのあることも分かったので、 20本注文した。 「本願のこころ」「六字のいわれ」「二種深信」「光に遭う」「誓願不思議」「救済の予定概念」「罪悪感、無常観」「機法一体」「後生とふみ出す」「大経の構造」「二河白道」「白骨章について」「白道に入るまで」等 親鸞会では信じられないことだが、90分1000円からあり、初めての人でも頒布していた。 御法話はビデオ、DVDもあった。 (皆さんも注文されたら、いつでも聞けます) ・「これが獲信か」の非難(6)に「大衆の前では説法しない」はウソだった。 ・親鸞会ではビデオ御法話テープのダビングしたら「死刑」と言われていた。除名、除籍は当然だった。結成30周年記念大会、「高森先生講演会ビデオテープ」は30万円もした。私の担当地区で一人求めた人がいた。 御法話テープが届いてから、妻と隠れて聴聞を始めた。 本も、テープも見つかれば、除籍に間違いない。 増井先生は南无阿弥陀仏、六字の心を詳しく説いておられた。 ○11月の本部報恩講に妻と参詣して聴聞した。 高森先生は「聞其名号の名号を聞くとは仏教を聞くことです。 たとえ、大千世界に満てらん火をも過ぎ行きて聞けと親鸞聖人は教えておられます」と言われた。 仏法聞きに来ているのに、火の中かき分け仏法聞け、では答えになっていない。 ・「たとえ、大千世界に満てらん火をも過ぎゆきて、仏の御名を聞く人は、永く不退にかなうなり」仏の御名を聞けと、仰っているではないか。 ・「聞というは、衆生、仏願の生起本末を聞きて疑心あることなし」でないか。 ・「この故に、一切の聖教というも、ただ南无阿弥陀仏の六字を信ぜしめんが為なり」御文章5帖9通六字の心を聞けと蓮如上人も仏教の究極を教えておれる。 ・「会報」第2集52P-53P 「仏像を通じて仏心を受け取り、仏の真実を聞かなければならない。今も同じで南无阿弥陀仏の六字にこもる仏心を汲み取らなければ、名号の尊さを殺すことになる。それ故に名号六字は無量無限不可思議絶対の功徳を私達に受け取り易いすがたにせられたものであるから、我々は六字の名号を通して阿弥陀仏の仏心に直入しなければならない」 そう書いておられながら、この「会報」は廃刊にしてしまったのだ。何ということか。一体何を説き、何を聞け、というのか。 ・南无阿弥陀仏の心は説かれなかった。阿弥陀仏の仏心にどうしたら直入できるのか、参詣者、特に長い間聴聞して来た人は聞きたいのだ。 核心が完全にボケた話になってしまっている。私だけだろうか、このように感じるのは。 私の心の中で、もうあかん、とハッキリした。 南无阿弥陀仏の仏心を説けない人に、私は40年近くも聞いていたのか。 増井先生の御法話との違いを、まざまざと知らされた。 ・「こんな話どれだけ聞いていても助かりませんよ」と土蔵秘事の者は近づいて来て誘う、と高森先生は言われたが、その通りではないだろうか。分かっておられるのだろうか。自分のことだと。 ・帰りに妻に「もうここへは聞きに来ないよ」と言うと妻も私も、と言った。理由を聞くと、同じことを感じていた。二人で親鸞会退会を決意した。 ・退会となれば、40年近く御縁あった方達と近づくことは無くなるだろう。 親鸞会の中で生きてきた私達は孤立するに違いない。 「なんで、どうして、何をこれまで聞いていたの、恩知らず」 あらゆる非難、中傷もあるだろう。 しかし、私達は、今生で後生の解決をする為に生まれてきたのだ。 あらゆるものの命を奪いながら、生かされているのだ。 今度こそ仏法聞いて、本願を聞き抜いて、迷いの打ち止めを必ず果たしますと誓って過去世も求めてきたのではないか。 生まれた途端に、そのことを忘れた生活の人が多いが、私達は、尊い仏縁に恵まれたのだ。何より有難い。 いつか別れ行く人々との生活を楽しむ為に、生きているのではない。 今のまま聞いていれば、活動していれば、宿善が厚くなって開発するんだろう、その内、その内と漠然とした聞法はもう出来ない。Tさんが身体をかけて教えて下さったのだ。 ハッキリと説かれる方に出会えたのだ。このご縁はどんな非難があって問題でない。もう未練も、迷いもなかった。 ○12月にもう一度、増井先生に電話した。 親鸞会をやめて聞かせて頂きます、と言うと「親鸞会が助けるのでもない、華光会が助けるのでもない。 これ皆、無常のものですよ。いつ、どうなるか分かりません。 阿弥陀仏の大願業力に救われるのですから。 来る人は拒まず、去る人は追わず、御縁ですから。 親鸞会をやめるも、そのままでも、自由にして下さい」と言われた。 高森先生以外の話を聞くな、本を読むな、除名だぞ、あまりにも、狭い狭い親鸞会と違い過ぎると思った。 ○夫婦で支部長に「携帯用御本尊」をお返しして退会を報告した。 驚いた支部長は「どうしてですか。高森先生のご恩を何と思っているのですか」と強く言ってきた。 何十年も同じ講師部の仲だったから、支部長の気持ちは良く分かる。私も同じことを言っただろう。 しかし頭が真っ白になっている支部長に今の私達の心を話しても到底、理解できない。高森先生しか見えないのだから。 何も反論せず「お世話になりました」と言って帰った。 ○遂に、阿弥陀仏の偉大な、強縁に引かれて私達夫婦は京都の華光会1月報恩講に参詣することとなった。 # by watashinobyakudo | 2008-05-25 21:20
○先回、高森先生と華光会が関係があったことがハッキリしましたので今回は華光会は、どんなところか、本当に「土蔵秘事に類する」ところなのか、私が見たままお伝えします。 お前は華光会の宣伝をしたいのか、と思う人があるかも知れませんが、私は人生のほとんどを費やしてようやく知ったことを皆さんに知って頂き、阿弥陀仏の本願力に遇って頂くご縁になればと思うばかりです。 予想もしない、多くの皆さんが私のここを読んで下さることは本当に有難いことだと心から思わずにおれません。 今回は私の獲信までを書かせて頂きます。 少し長くなりますが、お読み下さい。 ○華光会の歴史 華光会は最初、真宗興正寺派の学頭、故伊藤康善師によって創刊された求道雑誌「華光」を中心とした誌友の集いでした。 創刊は昭和16年で、今も続刊されています。 その信条は「後生の一大事を心にかけて、弥陀の本願まことの信にめざめることを目的とする」ものです。 その為、僧俗、宗派、あるいは信、未信を差別せず、来る者は拒まず、去る者は追わずで、あくまでもお互いの自主性を尊重しています。 伝統や形式に固執せず、上下関係も無く、特定の一人の善知識だけをたのみとせず、聞法と伝道にかける開かれた同朋集団で、京都の華光会館のほかに、全国に支部があり各支部で月例法座支部大会など活発に行われています。 昭和33年「華光会」は宗教法人として登録されました。 現在の代表者は増井悟朗先生です。 ○1月華光会の報恩講に初参詣 1月夫婦で報恩講に参詣した。 華光会館は3階建てで、文化会館風の建物で新しかった。 玄関を入り2階の道場の間に行くと、50畳位の仏間があり、すでに報恩講で全国から同人(会員)や私達のような未同人の人で一杯だった。御本尊は御木像だった。 服装を見て驚いた。私だけであろう、ダブルのスーツにネクタイ姿は。皆さん、ラフなスタイルで、Gパンの若者もいる。 報恩講のお勤めが始まり、親鸞会と違う本願寺系のお勤めだったので聞いているだけだった。 御法話が始まった。「身体を楽にして聞いて下さい」と言われへーと思った。正座が当たり前と思っていたが、皆さん自由な聞き方だった。私は正座で聞かせて頂いた。 御法話が終わって、いくつかのグループ、十数人に別れて、ご示談、座談が行われることになった。私達は3階の増井悟朗先生の部屋に行った。 ここの、御本尊は六字の御名号だった。 華光会の特徴は御法話の後は必ず、ご示談、座談が行われ、自己紹介の後、今聞いた御法話をどのように聞かせて頂いたか、感想、よく理解できなかったこと、質問、日頃の聞きたいこと、自分の今の心の内、本音が話し合われることだった。 発言したくない人は発言しなくてもよかった。 アニメ第5部に「土蔵秘事」の場面で、無常や罪悪を責めたてて人工的信心を獲させるような場面があるが、こんな先入観は違っていた。 華光会の先生方はカウンセリングの勉強もよくされていて、心を開いて話しする、 よく聞く事が如何に大事か心得られているなと驚いた。 龍谷大学の学生相談室カウンセリングの先生もおられた。 私は親鸞会講師部時代、顕正対象者に仏教の話を一方的に話し込み、2、3度話して分からん人は、仏縁の浅い人だと勝手に決め付けてこなかっただろうか、深く反省させられた。 会員さんを訪問して、今聞きたいこと、信仰を考えて話し込んできただろうか、出来ていなかった。 今の親鸞会の御法話も聞くだけで終わり、何をどの様に聞かれたのか、お互い分からぬまま解散になっている。 自分の聞き間違い、思い違い、疑問を知らぬまま過ぎてゆく。 私も聴聞録をつけるのに精一杯だった。どれだけ漏らさず、正確に覚えて聞いているかばかりを重視していた。 御法話内容を、正確に覚えていて、帰りのバスの中で漏れなく発表している人を皆、尊敬の目で見ていたものだ。 聴聞録のページが少ないと、いい加減な聞き方をしていたなと反省するのが常だった。 こんな聞き方を40年繰り返していたのである。 皆さんはどうですか。 ○ご示談、座談がなぜ華光会では重要視されるのか 蓮如上人は次のように教えておられる。 1「もとより我が安心の趣いまだ決定せしむる分もなきあいだ、その不審をいたすべき所に、心中を包みて有りのままに語らざる類あるべし。これを責め相尋ぬる所に、有りのまま心中を語らずして、当場を言い抜けんする人のみなり。勿体なき次第なり。心中をのこさず語りて、真実信心に基くべきものなり」(御文章4帖目8通) ・まだ信心決定していないのに、その心の中を正直に言わずその場を取り繕い、誤魔化して行く人ばかりだ。今の心のありのままを告白して、真実信心を獲なさいよと教えておられる。 2「いかにも不信の面々は一段の不審をもたてて、信心の有無を沙汰すべきところに、何の所詮もなく退散せしむる条、然るべかららず覚えはんべり。よくよく思案をめぐらすべきことなり。所詮、自今已後においては、不信の面々は、相互いに信心の讃嘆あるべき事肝要なり」(御文章4帖目12通) 3「蓮如上人仰られ候、「物を言え、物を言え」と仰られ候。「物を言はぬ者は恐ろしき」と仰せられ候。「信、不信ともにただ物を言え」と仰せられ候。「物を申せば心底も聞こえ、また人も直さるるなり。ただ物を申せ」と仰せられ由候。(御一代記聞書87) 4「蓮如上人、御法談已後仰られ候。四、五人の御兄弟へ仰られ候。四、五人の衆寄合い談合せよ。必ず五人は五人ながら意巧に聞くものなり。能く能く談合すべし」(御一代記聞書120) 5「一句一言を聴聞するとも、ただ得手に法を聞くなり。ただよく聞き、心中の通りを同行に会い談合すべきことなり」(御一代記聞書137) 6「仏法の義をば能く能く人に問へ、ものをば人によく問ひ申せ」のよし仰えられ候。「誰に問い申すべき」由うかがひ申しければ、「仏法だにもあらば、上下をいはず問ふべし。仏法は知りそうもなき者が知るぞ」と仰られ候」(御一代記聞書167) ・蓮如上人が如何に、ご示談、座談を大事にされたのか、聞いてさえおればいい、というものでない事が分かります。 華光会では蓮如上人の教えの通り、御法話とご示談の二つが60数年伝統的に守られていたのです。 ここが華光会の特色でした。 ・かって親鸞会でも、私が聞き始めの頃、高岡会館が本部会館時代の頃、土曜日に座談会がありました。 冬などは、本堂のコタツに入られた高森先生を囲み、その場で質問等が行われました。やがて質問用紙を出すようになり今は御法話だけになっていったのです。 2000畳で説法、大衆説法のマイナス面があったのです。 先回の「われらの求道時代」には盛んに高森先生は、説法、ご示談を繰り返し行われていたことが分かります。 母が聞かせて頂いた頃です。 ・現在、会合で話しされる内容はどうでしょうか。 書籍、顕正新聞、とどろきの仏教の一方的話と本会からの通達連絡、活動の計画、報告に終始していないでしょうか。 恥ずかしながら、私はそんな会合ばかりしていました。 聴聞に極まる、高森先生の御法話を続けて聞くことが一番の宿善だ、それで全てが解決する、としか思わなかったのです。 ・いや親鸞会でも最近は仏法讃嘆をするようになった、降誕会、報恩講の時もやっている、同朋の里もその為にあるのだ、と言われる方もあると思います。 私はどうして仏法を聞くようになったか、どんな困難な中を聴聞に来ているか、肉身にどのようにして聞いてもらえるようになったか、私の支部ではどんな工夫をして活動しているか、覚えられぬ教学を苦労して勉強中です、こんな苦労をして財施させて頂きました、など、私も報恩講の仏法讃嘆に参加しました。 聞く人に元気の出る話ばかりでした。 しかし、そればかりが信心の沙汰ではありません。 ・蓮如上人は不信も言えと言われています。 なぜ私は信心決定できないのか、後生の一大事の驚きが立たないのか、本願を疑う心がどうしたら晴れるのか、19願の善が出来ない、心から念仏が称えられない、今死んだらと思ったら真っ暗です、私はどうしたらいいんですか、という話は報恩講の仏法讃嘆では、一つもなかった。 予め発表者が決められ、内容も実行委員会が確認した人の話だった。メモをみながら発表する人もあった。 ・親鸞会では「後ろ向き発言」はするな、その人も、聞く人の為にもならないと言われています。私も講師部時代そのような発言が会員さんから出ないように気を張っていました。 それこそ問題なのです。 言ってはならない、心の底に何時も答えが見つからずに、嘆いていること、聞きたいけど立場を考え、影響を思い抑えてしまうこと、忘れようと思ってもまた噴出す疑問、そんなものありませんか。 立派な仏法者、有難たそうな振る舞い、指導者ぶる言動、何かも分かっていそうな態度、私は仏縁深いと自負する心、世間の人を五欲の哀れな人生と見下す心、このまま聞いておれば何とか成ると急がぬ心、しかし法友と別れ一人になると何とも言えぬ暗い心。 よく考えると本音を言える場所がない、言える相手が無い。 一人ぼっちの自分に気付く。此れが求道と抑え込む。 違うでしょうか。 ・華光会では建前は何にもならないことを、ご示談に参加していて気付きはじめた。 有難さそうな上辺言葉は見抜かれる。 親鸞会には無かった、本音の吐き出せる、後ろ向き発言をしても驚かれない、本音を聞いてもらえる場所があった。 なぜなら、ここは迷いの魂の解決場所であり、信後の人の通ってきた道だからだ。 その本音の底に隠れている私こそ、阿弥陀仏のお目当ての私なのだ。参加している皆さんが自由に発言され、先生がどっちなのか分からなく場面もあった。 この時、あー40年かかって遂に「私の白道」が見つかったと喜ばずにおれなかった。 ・もう一つ驚いた。私が「これから真剣に聞かせて頂きます」と言った時「これから、これからですか。そんな聞き方をしているから何時までも解決出来ないのです。 「今、ここで、私一人の為」と聞かせてもらうのです」とハッキリと言われ、頭を鉄棒で殴られたようなショックを受けた。 親鸞会では、「よくお参りに成られました。続けて聞かせて頂きましょう。○日参られますか」と言うのが常識で心までそんな聞き方になってしまっていた。 「明日の命も、それどころか帰りに事故で死ぬかもしれない。今、ここで、私一人の為、と聞かないで聞ける法ではありません」この言葉は私の長い求道姿勢の狂いを打ち砕いた。 # by watashinobyakudo | 2008-05-25 21:17
○善知識は私一人は間違い。 「高森先生だけが信心獲得された、現在世界で唯一の善知識です。他には絶対おられません。私達はその遭い難い高森先生から親鸞聖人のみ教えを聞かせて頂ける、世界一の幸福者です。」私は何百回以上言ったか覚えていません。 退会を知った会員さんが自宅に来られた時、「高森先生だけが善知識でないことが分かりました。他にも善知識は居られます」と言うと「○○さんからそんな言葉を聞くとは思いませんでした。そんなことはありません、高森先生だけです」と声を大きくした。 私もそうだったな、調べもしないのに思い込んでいただけ、なのだ。この会員さんも同じことなのだ、いつか気付いて欲しいと願うばかりでした。 阿弥陀仏は高森先生だけを救い摂られて、60年余り他に我が本願を説ける方を救われず、親鸞会の発展だけを護り続けてこられたのでしょうか。 そんな如来さまでしょうか。 華光会の書籍コーナーには、伊藤、増井先生の他の浄土真宗の先生の本が多数並べてあった。5名もあった。 皆、自身の獲信を告白し阿弥陀仏の本願の救いの間違いないことが書かれてあって驚いた。早速求めた。 やはり、阿弥陀仏の本願力は十方に満ち満ちておられるのだ。高森先生だけではなかったのだ、弥陀の本願を説かれる善知識は。 御法話ビデオも貸し出してもられるので驚いた。 過去の行事のときの御法話が皆聴聞できる。それも借りた。 ○親鸞会「これが獲信か」 非難(1) 「信心を早く獲させるコツがあると公言し、個人教誡しかしない」 明らかなウソだった。個人のご示談を申し込む人もあると聞いたが、行事日は全国で毎月行われ、多数の方が参詣されていた。テープ、ビデオの貸し出しも親鸞会では考えられない自由さがあった。 非難(7) 「当然だが、堂々とした布教活動は全く見られない。」 これも、日程表を見せてもらうと、増井悟朗、信先生は毎月全国を布教に回り、10月には東京で講演会があると聞き、全くウソとわかった。 ○ 月ごとの行事日には必ず参詣し、家でのビデオ、テープ聴聞、著書拝読の聞法が妻と始まった。 華光会では一切の目標とか強制的なことはなかった。 参詣も日程案内をもらうだけで、全く電話はかかってこない。ご報謝もその人の心でありご法礼もご法礼箱が回ってくるので自由になっていた。 同人費は月2000円だった。会誌、日程、御法話テープを全部聴聞できる ○毎日、会社の往復時間も惜しく車中はテープ聴聞し、家に帰ってビデオ聴聞、拝読、仕事以外は聞法の生活が続く。 南无阿弥陀仏のご名号の尊さが段段知らされ、念仏を称えるようになっていった。 「獲信の記録」にも親鸞会の「正信聖典」にも載っている「信心数え歌」も毎日、何回も歌うようになり、歌の意味の深さが気にかかって来た。 歌詞は理解出来るが、私の心と同じではない。 勿論信後の歌だからだが。 「四ツ能く能く御慈悲を聞いて見りゃ、助くる弥陀が手を下げて、任せてくれよの仰とは、ほんに今迄知らなんだ」 「八ツ益にも立たぬ雑行や、雑修自力は捨てもせで、弥陀仏泣かせて居たことは、ほんに今迄知らなんだ」 分からない。泣いておられる、本当だろうか。 ○5月頃になると 「弥陀の本願信ずべし本願信ずる人はみな摂取不捨の利益にで無上覚をばさとるなり」 「仏智疑う罪深し、この心おもい知るならば くゆる心をむねとして仏智の不思議をたのむべし」 このご和讃が特に頭から離れなくなった。 仏智疑う罪深しが、喉に刺さった骨のように抜けない。 ・「会報」第2集184P 「富士の白雪や朝日でとける凡夫の疑い思案じゃとけぬ、晴れたお慈悲を聞きゃ晴れる」とある。 晴れたお慈悲の「本願のこころ」「六字のいわれ」のテープを何度も聴聞する。 ・私の本性ーー衆生性得の機、悪業煩悩(黒い心)治らぬ心 ・本願疑う心ーー自力計度の機(暗い心)捨てもの ・仏智の心ーーー南无廻向の機(白い心)もらいもの 浅ましい黒い心が見えると、こんな奴が本当に救われるのか、もっと真面目に、正直者にならんと救われないのではと本願力を疑う暗い心が出てくる。 いや凡夫そのまま救うの本願だから心配ないと、自分で自分を説得する心が動いている。これも、自力だ。 分かりたい、納得したい、安心したい、楽になりたい、ハッキリしたい。任せたい、全部あるがこいつも自力だ。 何を思っても自力ではないか。 蓮如上人は 「雑行雑修自力の心をふり捨てて、後生助けたまえと弥陀たのめ」と明らかにされている。しかしこんな心しか出て来ない。どうたのむのだ、まかせるのだ、分からん。 「会報」第2集94P (ここは伊藤先生の「安心調べ」225-226Pの丸々盗作部分だった) 「十劫の昔の話を素直に信ぜられる程、我々はお目出度い人間に出来ていないのだ。そこには、生死の断頭台上に生首を突き出す苦しみがある。払うても払うても後から現われ、奪えるだけ奪って尚心の底にこびりつく仏智疑情の薄紙を破らねばならぬ。だから説く者も愛想をつかし、求める者も愛想をつかし求道の精も根もつき果てて悲叫悶絶のどん底から湧き上がる精神的大飛躍の境地がある。一念は断じておぼろでない。今こそあきらかに知られたりと驚き立つ心である。---この一念の体験がなくては何をいっても駄目なのだ」 「会報」第2集170P 「真剣に真実の信心を求め、救われようと命がけで努めれば努めるだけ疑わずにはおれなくなって来るのだ。疑心は疑心を呼び、悩みを深めて遂にはニッチもサッチも出来なくなって途方に暮れることがしばしば起きてくるのだ」 「念仏の雄叫び」144P 「真宗は他力廻向のお救いですから、如来に計らわれることです。ところが、その仏のお計らいを、私の方で色々と計らう。蓮如上人が「自力の心をふり捨てて、後生助けたまえと、弥陀たのめ」と力説なさっていますね。その「自力の心」に当るのが、救済の予定概念ということです。真宗のお救いでは、この自力の心が、最も邪魔になる。とはいえ、真剣に聞法していく人には必ずこの自力の心が出てくる。そしてそれが、大問題となってくる」 ○6月、華光会の一泊行事。 最初の自己紹介で「仏智疑う罪深しのご和讃の心をどうしても知りたくて来ました。宜しくお願いします」と皆さんに頭を下げた。ご法話、ご示談が繰り替えされて進むが、一向に私の心は変わらない。 華光会では宿泊行事の夜は懇親会があり、いくつものテーブルにお酒も出て、参加者全員がお互いに気さくに夜12時近くまで話し合う。途中宿泊の為に抜けても自由だった。 増井先生も最後まで付き合って近くの人に話しをされる。 私は3階の部屋で一人残って、六字のご本尊の前で正座して、念仏称えながら仏智疑う罪を深く考えていった。 本師本仏の阿弥陀仏が六道輪廻して苦しむ私達をご覧になられたところ、三世の諸仏は何とか救おうとご苦労されたが余りにも罪業が重くて手がつけられない。力が及ばない。 三世の諸仏に見捨てられた極悪人なら、尚更捨てておけぬ、十方衆生を救う仏になってみせると仏の座から降りられて、世自在王仏のお弟子、法蔵菩薩となって下さった。私達の罪業の深さ、自性を見抜き見抜かれて、このものを、どうして迷わね仏に出来ようか、五劫が間考え抜いて四十八の願を建て、師の世自在王仏にこの願必ず成就してみせますと重ねて誓って下さった。 「お前の罪業なら、火の中、水の中、身を八つ裂きにされようと、たとえ、諸々の苦毒の中に投げ込まれようと、苦しゅうはないぞ、だから信じておくれ、助かっておくれ」と、兆載永劫のご修行をなさって南无阿弥陀仏の仏になって下された。 それから十劫の間、一時の油断もなく、こうすれば聞いてくれるか、分かってくれるかと種々の善巧方便、調熟の光明のお育てを頂き、今か今かと南无阿弥陀仏の大功徳、全財産をさあー受け取ってくれよと待っておられるーーー 釈迦は往来八千編、このこと一つを伝えようとご苦労なさっているのだ。ああ何という大慈悲心なのか、念仏と共に涙があふれる、止まらない。阿弥陀様すみません、それなのに疑うとは何という恐ろしい奴でしょうか、すみません。 しかし、30分、1時間とたつとこの心が続かなくなってきた。 おい、何時まで泣いてるのか、もう芝居はやめておけ、お前なんかどれだけ泣いてもおれは知らんぞ。しらーとする奴が段段出てくる。 本願を、仏心を、素直に受け取らない奴がいる。なぜ、聞かぬのだ、なぜはねつけるのだ、お前さえハイと信じてくれたら全て終わるのだ、いつまで逆らうのだ、このままなら又しても昿劫流転だぞ分からんのか。 「一切の自力を捨てよ、計らいを捨てよ、捨てようとする心も捨てよー」1年前何十回と見たアニメの法然上人のお言葉を思い出す。 必死に聞かぬ心を責めるが、全く反応しない。 始末がつかぬ、真面目にならない、阿弥陀仏のことが思えなくなってゆくどころか、ああ腰が痛い、喉が渇いた、下ではみんな愉快にやっているようや、腹がへったな、まだ何か残っているだろうか。こんなことまで思うようになっていった。 2時間近くも降りて来ないので妻が気になって様子を見に来た。何ともいえぬ格好している私をみて、どうだったのと言ったので、あかん、こいつにもーう勝てぬと腹を叩いた。逆謗の屍、闡提の心は全くびりっとも受け付けなかった。 ○10月、この世の一大事 10月に入って仕事中に急に腰から下が痛み出した。 今の仕事で腰が悪ければ務まらない、クビだ。 何とか治さないと生活が出来なくなる。家のローンもまだ残っている。 腰と足に痛みとしびれがきて、ゆっくりとしか歩けない。 家に転がるように帰ったが、布団の中でも痛くて足が伸ばせず猫のようにヒザを抱えて横になる。痛くて夜も眠れない。 仕事2日休んで、整骨院へ行くと、坐骨神経痛ですね、治りますよと言ってくれたのが何よりの救いだった。 毎日痛い足腰を引きずって、そのうち治る、良くなる、と信じて会社へ行った。家に帰れば横になるだけで、著書を読む気も起こらない。情けない心だ。 毎日通院してるのに1ケ月たっても全く治らない。 大きな整形医院で精密検査を受けると、予想以上に悪く「このままなら、そのうち歩けなくなりますよ」医師の言葉に目の前が真っ暗くなった。 手術の方がいいということになり覚悟した。 しかし、血液検査の結果、糖尿病の数値が高く、麻酔が効かないから糖尿病を治してでないと手術は出来ないと言われてしまった。この痛みそれまで我慢しろというのか。 自分のせいなのに腹が立ってくる。馬鹿な私だ。 1月入院、糖尿病治療で血糖値を抑え、2月4日手術、退院は2月末と言われた。 鎮痛剤、貼り薬で痛み抑えながら会社へ行き、入院の日を待つ身になってしまった。 テープ聴聞もおろそかにしている自分、身体と仕事とお金と信用ばかり気にしている自分しか見えない。 この世の一大事には、仏法も後生も忘れて真剣に心配する心しかない。生きるため、心配なく生きることが一番大事なのだ本心は。 殊勝そうに聞いていたが、本当は何も聞いていないのだ、死ぬとも、悪人とも思っていないのだ本当は。 Tさんと同じなのだ、このまま死ぬだけなんだ私は、おい、まだ認めないのか、後生が心配にならんのか。全く返事しない。やはり屍だ。身体も心も辛い日々が続いた。 ○11月華光大会のご縁 2泊3日の華光大会が迫ってきた。 さーどうしようか。身体のことが心配になってきた。 正座は勿論出来ない。階段も怖い。行きたくない。 大分、気持ちが弱くなっている私を見て、妻が会社へ励ましのメールを何度も送ってくれた。 このままでは駄目だ、増井先生へ現在の状況、気持ちを書いて参加しますと手紙を出した。もう後戻り出来ない。 京都へ行く車中、御法話テープを聞いて心の切り替えをした。 1日のご法話、ご示談を受けるが、心を閉ざしている自分が分かる。 夜の懇親会は参加せずに身体がしんどく、待ってたように布団にもぐりこんだ。 今日聞いた話、ご示談で言われたことを思い出していた。 思えば1日中にこりともしていない自分であったと気付く。 2日目も講師の先生方が真剣に説法され、ご示談も熱が入って来て、言う方も、聞く方も真剣だった。 聞けない心があることを私は発言し、この心が辛いと言った。今日も私の心は変わりなかった。 懇親会には今日も参加しなかった。 3日目、午前中は華光会の会計報告があった。 私は3日目で疲れが出たので参加せず別の部屋で横になってスピーカから流れてくる会計報告を聞いていた。 まだ1年目位の私にも、3枚の収支決算報告書が配られ見ると1円まで収支が書き込んであって驚いた。 親鸞会と全く違い、全てガラス張りで不審の出ぬようになっていた。 あーこんな苦労の歴史を刻んで今日の華光会があるのか。 不思議だなー、高森先生と40年のご縁がありながら、今、その高森先生の信心の古里へ私が来ているとは。 Tさんのあの泣かれた姿を見なかったら、母の勧めがなかったら、父があの本を残してくれなかったら、インターネットで大沼氏、伊藤先生、華光会を知らなかったら、佐藤さんの言葉を思い出さなかったら、また増井先生がご健在で電話で教えて下さらなかったら、妻が絶対今度も行くよと強く言ってくれなかったら、私は今ここに居ないのだ。 あらゆる因縁がそろって私はこのご法に遇わせて頂いている。そう思うと涙が頬を伝って流れる。 これらの因縁は遠く法蔵菩薩の願心からではないか。 今も呼びずくめの阿弥陀仏の仏心の働きではないか。 それを、わからん、わからん、だけどーと俺は言いつづけている。助かる縁がないのか、また涙が流れる。 昼からは増井悟朗先生の御法話が最後だった。 入院すればこれでもう来年3月まで会えないのだ、聞けないのだ。 増井先生が私も高齢、いつどうなるか分かりませんと言われる。私は馬鹿だ、また聞けるつもりでいる。 私はあぐらかいて座っているのさえ自信が無くなり、道場の一番後ろの隅の誰からも見えないところにヒザを抱えるように座っていた。 増井先生に手紙を出していながら、今回は一度も先生のご示談の部屋へ行かず他の部屋に参加していた。 逃げていたのだ、心が。 増井先生のご法話は南无阿弥陀仏の心を力を入れて、隅っこに隠れるように座っている私目掛けて話しされているように感じはじめた。50畳だから丸見えだ。 「凡夫の知恵で阿弥陀仏の心を知ろう、掴もうとするのは丁度、ストローの穴から大空を覗いて見ているのと同じだ」 と言われたとき、ズキーンとして不思議な心になり、阿弥陀仏の愚かな私へのご説法だと聞こえだした。 40年間聞いてきたがこんな思いは初めてだった。 あー俺は馬鹿だ、分かりたい、納得したい、そしたら信じられるだろうとは、なんと我が身知らずか、自力丸出しだ、分かるほど小さな仏智ではないのだ、墜ちることさえ分からん俺が、それを自惚れて、もー駄目だー、俺は助かるもんでない、阿弥陀さまー私はもうどうにもならぬ者ですーとなった、 その時「まかせよー、そのまま救うぞー」の呼び声が届いた。あっという間だった。 これまで絶対下がらん心の頭が下がって、分かりましたーおまかせいたしますー、南无阿弥陀仏となってしまった。 南無の心は、早く来い、われをたのめー、まかせよー、助けさせてくれーの叫びだ、呼び声だ。無条件降伏させられ、自力の心が殺された。 阿弥陀仏は、助けるぞー、捨てはせぬぞ、罪業どれほど重くても心配するな、そのまま引き受けたぞー、必ず我が浄土に生まれさせて仏にしてみせるの大慈悲心だ。 それが一つになった南无阿弥陀仏のお力の大きさが、尊さが口からあふれ出る。南无阿弥陀仏。南无阿弥陀仏ーー 救われた私より、阿弥陀様の方がよう聞いてくれたと喜んでおられるのだ。何という不思議か、こんな私が南无阿弥陀仏の主とは。ああ。 その時、おかる同行が「そのまま来いの勅命にいかなるおかるも頭が下がる」と言ったのも、浅原才市妙行人が「私しゃあなたにおがまれて、助かってくれよとおがまれて、ご恩嬉しや南无阿弥陀仏」もこのことかーと分かった。 アニメ1部で親鸞聖人が獲信場面でなぜ南无阿弥陀仏に合掌なされたか、心に残った「晴れたお慈悲を聞きゃ晴れる」もこのことだったと知らされた。 「噫、弘誓の強縁が多生にも値い難く、真実の浄信は億劫にも獲がし」それが、この私とは何ということか。 帰り、車中で妻にあったことを話した。妻は泣いて喜んでくれた。 ・実家の母に報告に行った。突然来たので驚いたが、「阿弥陀様に遇えたよ、助かったよ」と言った後が言葉にならなかった。母は泣いて手を握って「良かったなー、そうか、良かったなー」と言ってくれた。 40年この日を待っていたと言ってくれた時、又泣かずにおれなかった。 ・皆さん、阿弥陀仏は命のあるうちに早く分かってくれ、早く聞いてくれ、まかせてくれ、と手どころか頭を下げておられるのです。十劫の昔から。 南无阿弥陀仏の心にぶち当れば、何の不足も文句もなくなり、ようこそ、ようこそと満足一杯になります。 ・どんな極悪人もーーー十方衆生(五逆、謗法)(そのまま) 本願を信じ--ー至心信楽欲生我国(弥陀におまかせして) 念仏申せばー--乃至十念 仏に必ず成る--若不生者、不取正覚(たすかる) これが、今の私の本願、南无阿弥陀仏の頂き心です。 本願に疑いが無くなり、もう一度疑ってみようと思っても二度と出てきません。 「これが獲信か」 非難(2) 求道者が感情の興奮によって泣いたり、喜んだり踊ったり、激しく念仏したりすると、獲信したように言う。 そんなものは続きません。私はそんなことで承知できませんでした。それが獲信と言うなら、そんな所なら、私は決別しています。 非難(3) 獲信したと思っている周囲の者も、こぞって「めでたい。めでたい」「よかった、よかった」と言うので本人も獲信したつもりになる。 私と阿弥陀仏とのことです。他人に分かりません。 人に、めでたい、よかったなんて認めてもらっていません。 疑情一つで苦しんでいるとき、他人のそんな言葉位でその気になれるものではありません。 私は家に帰って増井先生に獲信したことを手紙でお知らせし、心からお礼状を書かせて頂きました。 後日、あの病気もいいご縁だったねと言われました。 非難(4) そして「我こそ信心を獲たり」「あんたらはまだ獲信できんのか」と平然という。 私は、獲信後そんなことは言っていません。 1年経ちますが、会館内でそんな発言をする人はいません。信を獲たりは阿弥陀仏のお力だからです。私は何もしていないのですから。平然というのはおかしいです。 しかし、まだか、と言われて気分害することも反省すべきと思います。なぜなら、十劫以来、阿弥陀仏を待たせ通し、疑いつづけている罪を何とも思っていないからです。 分かれば、申し訳がありませんとなります。 蓮如上人も「一時も片時も急いで信心決定せよ」と教えておられるのを批判する人はないはずです。 後回しにする問題ではありせん。のん気してる人には急げと言いたくなります。まだかを急げと聞けたら尊い人です。 非難(6) 本当に弥陀の本願に救われた人なら、より聞法せずにおれなくなるものだが、彼らは助かった後は、もう聞く必要はないとして、聞法する気がない。 誰のことか知リませんが、私は尚更聞きたいです。 有難いことに、1月入院、2月手術のはずが、糖尿病の数値も足腰の痛みも回復して全て取りやめになりました。 1月報恩講、2月3月も参詣出来て喜んでいます。 4月も参詣予定です。 ビデオ、テープ聴聞も家でしています。 お聖教の著書ももっと読みたくてなりません。 ・非難にすべて答えました。 ・やはり後生の一大事解決したい、の心を忘れず、阿弥陀仏の本願、南无阿弥陀仏の心を説かれるご縁を求めるべきと思います。 ここ一つに絞って華光会の先生方も参詣者も真面目に取り組んでおられる姿は本当に尊いと思います。 # by watashinobyakudo | 2008-05-25 21:10
○高森先生へ年賀状 数年ぶりに高森先生に年賀状を出しました。 賀正 「まかせよと 聞こえたこのまま摂取不捨 不思議 不思議の南无阿弥陀仏」 高森先生に諸善を勧められ 増井先生に第十八願六字の心をお聞きして 従仮入真、捨自帰他、今こそ明らかに知らされました。 ご恩忘れず、称えつつ、六字の心をお伝え致します。 お身体大事にして下さい。 南无阿弥陀仏 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 今回は40年聞かせて頂いたことを振り返り、ここをお読みの皆さん、親鸞会とご縁ある皆さんに、なぜこんな年賀状を出したのか、お話して、求道の問題点を考えてみたいと思います。 ○高森先生との出会いは41年前でした。 18歳の高校時代、東本願寺、仏教青年会、仏青に入り行事に参加していた私は、近所の親鸞会、青年部会員と話する機会があった。 「人間の実相」の話をして、藤ヅルにぶら下がっているのは誰かと聞いて来た。私やと認めると、じゃ仏法聞かずにどうすると言ってきた。 渡された「顕正」を読みショックを受けた。 仏教用語が多く、難しく理解出来ぬところがあるが、本願寺をボロクソに批判してある。 寺の住職に相談すると「あれは、真宗の創価学会みたいなもんや、近づくな」と言われた。しかし「顕正」が気になり寺に隠れて夜聞きに行った。 2、3ケ月ほど聞いて、御法話が終わってから、高森先生の控え室へ勝手に入った。40年前は在家の御法話が、ほとんどで夜の参詣も40人ほど、今では考えられないほど、自由でした。 氏名、仏青を名乗り、なぜ本願寺の教えではいけないのかを聞いた。 すると、親鸞聖人と本願寺の教えの違いについて、4つほど挙げてこれでも同じかと言われる。後生の一大事、救いは今か死後か、他力自力の念仏、法事と説法など。 根拠あげての話に私は顕正されてしまった。高森先生が顕正者だったのです。 寺へ行って住職に高森先生からこんな話を聞いた、どこが間違いですかと聞いた。 あれほど行くなと言ったのに、行ったのか、んーと言うだけで返答しない。これはあかんと思って家に帰った。 かつてこの寺でも高森先生を招待していたが、本願寺の柏原祐義氏の非難のパンフレットが問題になり、反対するようになったことを後で知った。反対理由が分かり、親鸞会に入会し、仏青との縁を切った。 ○後生の一大事に驚き、真剣な求道を決意する ある日、高森先生から「人間の実相」の説法を聞いた数日後、私は夜中に自分が死なねばならぬ夢を見た。実に生々しく、今もハッキリと思い出せる。 二匹の3メートル位の鬼が迎えに来た。あわてふためき「どうか助けてくれー」と泣いて哀願するが、だめだ、今すぐだ、と拒絶された。 両手、両足つかまれた。1日、いや半日でもいいから許してくれと更に必死に哀願する。何をすると鬼が言った。 「仏法聞きたい、真剣に聞くから許してくれー、半日くれー」というが、今すぐ連れれてゆくと引きづり出した。 回りをみると、多くの人が同じように、泣き叫びながら昏いトンネルのような中に引きづられてゆくのだ。 「大命将に終らんとして、悔懼交々至る」の大無量寿経のお言葉が本当だったと知らされるばかりで、泣き泣き、堕ちてゆくしかない。 その時、目がさめた。 あー助かった、ー夢だった。よかったー、夢で。枕が涙で濡れ、全身12月というのに汗をかいているのに驚いた。今すぐ寝るとまた続きを見るのでないかと恐ろしく、早く朝がこないかと布団の中で待った。 怖い思いは色々したが、心底恐れたのは、この時が初めてだった。 理屈抜きで、全身が死にたくないと叫ぶのだ。 そのうち、今回は夢でよかったが、しかし何時か必ず現実のこととなるのだ、さあどうする、鬼に仏法聞くから許してくれと泣いたではないか、さあどうする。聞くしかない、後生の一大事解決するしかない、聞こう、今なら高森先生から聞けるのだ、今度は絶対聞きぬこうと決心した。 23歳になっていた。 毎月、高森先生の御法話、座談会8回地元の講師部御法話夜7回、月に15回の聴聞を始めた。 教学も導師、大導師、講師とやりだした。 しかし3、4年と仕事しながら時間とお金を全て費やして求めていると、将来のことが心配になってきた。実家へ行くと結婚、将来をどうするのかと言われ、少し控えようとした。 この動きがすぐ講師から高森先生に伝わり、突然葉書が届いた。 合掌 「無理非道飲まず食わずに金貯めて 仏法聞かずに死ねる馬鹿者」 にならないように これに感動し、反省した私は更に活動に邁進していった。 ○講師部の道と「宿善まかせ」の活動 私は講師部の道を決意したのは、後生の一大事が自分にあり、この解決をしたいと思ったからです。それは「宿善まかせ」の道であり「宿善は待つに非ず、求むるものなり」と教えられたからです。 生活の全てが求道、宿善を求めることになる、獲信が早くなると思ったからです。それ以外ありません。 36歳、妻、子供2人いましたが決意して飛び込みました。 いろんな任務につき、その時その時、他の講師部員と同じように精進してきました。 非常任参謀、青年部副部長、本部制度の青年部長、副本部長、本部長、光教育担当、光選隊、支部長、です。 ・本部長の辞令が下りた時は、どこの本部より発展させたい、高森先生のご期待、ご恩にお応えせねばならないの思い一杯でした。 担当講師に毎月の目標を与え、それが達成出来るか、見てゆく。 御法話回数、参詣、財施、顕正、教学試験受験、聴聞録、そしてアニメ販売目標。 目標がきつ過ぎると、達成出来ず、3ケ月、それが続くと本部長の指導能力が問われる。 年3回ほどの地元高森先生ご法話には、参詣誘い、財施、準備に全力をかけて担当講師、会員さんと臨みました。 光戦(アニメ頒布)に本会あげて熱が入ってきた。 「アニメ以上の布教は無い。アニメの親鸞聖人が顕正されるのだ」 の言葉のままに目標本数達成に必死になり、研修会を開き、作戦を練る。自分も訪問販売に回り、セールストークを磨く。 ・光クラブの教育担当の辞令が下り、19名の青年部男女と全国へアニメ販売に回ることになった。 支部、青年部、学生部の参加者も受け入れ、大変なことになった。 「アニメで本願寺が大津波に飲まれる。変わる」 と言われ、真受けにして、九州、中国、四国、近畿、東海、北陸、北海道と3年半、○万本のアニメを販売した。 光クラブ19名は皆、本当に頑張った。参加者の世話も見ながらの販売である。本部へ帰ると、光研修会、光セミナーと休む間が無い。 カンカン照りの名古屋、雪の中の北陸、凍る中国山間部、インターホン断り連続の大阪。1週間回っても1本も出せないこともある。 だけど皆、頑張った。これが真宗を変えると信じて。宿善と思って。 ・顕正専門の光選隊の辞令が下りた。 アニメ顧客を回って、見られているか、話が出来そうな人を見つけるのに半年かける。 しかし見てない人も多い。見ても1回切りとか。 親鸞聖人はご苦労された、偉いお方じゃのーという印象がほとんど。 教えを聞き得る人は、ほとんど無い。 予想外の反応に驚いた。分からないのだ、見ていても。 私達は聴聞をして見ているから、分かるが、聴聞していない人にはただ親鸞聖人物語にしか見えないのだ。 こんなことで、本願寺が大津波に飲まれるのか、初めて高森先生の言葉に深い疑問を持ち始めた。(誰にも言えない、批判になる) 年が替わって、顕正目標が高森布教局長から下った。50名だった。 50名。現状を余りにも知らなすぎる。(言葉に出したら、上司批判で除名) 50名顕正するには5倍、250名の対象者がいなければ難しい。 半年で仲良くなって話の出来そうな人は20名位しかないのだ。 担当本部長に現状を話し、本年は30名に下げてもらった。しかしこれでも難しいことに変わりない。法領(給与)も4割、前より少なくなって、心配した本部長が、文化講座を5,6回分許可してくれた。 本当に助かった。これで顕正対象者が次々と現れ、20名の成果となった。 次の年は30名で、2年で50名達成出来た。 無理がたたり、糖尿病になったり、五十肩に苦しんだが、そんな事は言っておれない目標だった。いかに厳しい目標か、やった人にしか分からない。 ○講師部の退部。会員の退会、そして華光会との出会いと獲信 そんな親鸞会一筋の私でしたが、その後「私の白道2、3、4、5」に書きましたように、高森先生の導き方に疑問を持ち、親鸞会、講師部の実態に失望した私は、講師部を退部し、会員を退会しました。 数々の体験を通して華光会、増井先生と出会い「私の白道6」で申し上げたように、南无阿弥陀仏の真実に貫かれました。 不思議な不思議な身の幸は言葉になりませんが、南無阿弥陀仏の六字を称えずにおれません。 ○阿弥陀仏は18願に誓っておられます。 どんな極悪人でもーー十方衆生(五逆、謗法)ーーそのまま 本願を信じて--至心信楽欲生我国 ーーー弥陀におまかせして 念仏申せば--乃至十念 ---念仏すれば 仏に成る--若不生者不取正覚 ーーーたすかる その願い通りにさせるはたらき、力が成就して南无阿弥陀仏の仏と成られたのです。この願い、この心、分かってくれ、受け取ってくれ、聞かせにゃおくまい、迷わせてなるのもか、届けてみせる、信じさせてみせる、お願いだから助けさせてくれ、早く来い、まかせよ、たのめ、と十劫の昔から叫びずめ、待ちずめ、のやるせない御心が南無の心でありました。 罪業がどれほど重くとも心配するな、全部引き受けた弥陀ぞー。必ず我が浄土に生まれさせて私と同じ仏にしてみせる、もう迷いの衆生でないぞ仏と成るべき身、正定聚だぞ。摂取不捨、この弥陀に任せたからには、抱き取ったからには、何が起ころうとこの弥陀だけは捨てはせぬぞーの阿弥陀仏でした。 お前が仏と成るべき願も行も五劫、兆載永劫と全部この弥陀が成し遂げた、六字の中にすべて成就した、親の全財産は子の財産、お前にやりたい、喜ぶその顔見たさに今日まで待ったが、よー受け取ってくれた、有難い、嬉しいぞ、今日からお前のものだ、さあこれで遠慮せず我が浄土へそのままで来い、と光明無量、寿命無量の仏の功徳全てを一念で私に下さったのだ。 お礼は乃至十念、催促されず、恩に着せられず、乃至とはーーーどこどこまでも真実まことのお慈悲に泣かずにおれない、称えずにおれない。 南无阿弥陀仏、南无阿弥陀仏、南无阿弥陀仏 阿弥陀仏の木像、絵像のお立ち姿は、浄土で座って待っておれず、浄土から私を済度に、迎えに来られているお姿なのです。 右手を挙げて招き、左手を下げて落としはせぬぞと仏心、大慈悲心を示して、横から見ると前に傾いて、前のめりになって如何にやるせない御心であるかが知らされるのです。それを知らずに私は絵像では助からんなどと平気で言っていました。本当に申し訳ないことでした。 「会報」2集52P 「仏像を通じて仏心を受け取り、仏の真実を聞かねばならない。今も同じで南无阿弥陀仏の六字にこもる仏心をくみとらなければ名号の尊さを殺すことになる。それ故に、名号六字は、無量無限不可思議絶対の功徳を私達に受け取り易いすがたにせられたものであるから、我々は六字の名号を通して、阿弥陀仏の仏心に直入しなければならない」 高森先生も以前は、廃刊にされた会報に教えておられた。 「信心数え歌」のもこの心を教えてある。 「四つ 能く能くお慈悲を聞いて見りゃ 助くる弥陀が手を下げて 任せてくれよの仰せとは ほんに今まで知らなんだ」 「六つ 無始より以来(このかた)此の世まで 憐れみたまえる弥陀仏を 真実大悲の御親とは ほんに今まで知らなんだ」 「九つ ここに居ながら正定聚 光明摂取の網の中 逃げても逃がさぬお慈悲とは ほんに今まで知らなんだ」 「十 称うる御名のそのままが 連れて帰るぞ待っている 間違はさぬの仰せとは ほんに今まで知らなんだ」 この歌のひとつひとつを心から歌える日が来るとは、親鸞会会員時代は他人事のようだったのに、本願力はまことです、不思議です。 ○仏法は聴聞に極まる 私は親鸞会を退会して増井悟朗先生やご縁で知った先生方の聴聞だけの求道をしました。聞法だけです。(勿論、お勤めはしました) 親鸞会で「宿善が厚くなる」と言われていた顕正も財施もせず(華光会では一切強要されません)ただ聴聞(参詣、ビデオご法話、テープご法話、仏書を読む)だけに徹しました。 阿弥陀仏の18願の御心を釈尊は「本願成就文」に明らかにされました。 どうしたら、本願の通りに救われるのか。 「聞其名号信心歓喜乃至一念至心廻向願生彼国即得往生住不退転」 「其の名号を聞きて信心歓喜せん」ーーその名号を聞け、とあります。 親鸞聖人は「名号を聞くとは」 「聞と言うは、衆生仏願の生起本末を聞きて疑心有ること無し これを聞というなり」と教えておられましす。 聞けば、疑心、疑いは無くなる、救われると教えておられるのです。 「仏願の生起本末を聞け」と示してあります。それは「大無量寿経」に詳しく説かれている。 私は読まずにおれなかった。聞かずにおれなかった。 そして、深く重く阿弥陀仏の御心を知らされるばかりでした。 ◎生起---誰の為に、何の為に本願は建てられたのか 十悪、五逆、謗法、闡提の地獄行きの私の為であります。 三世の諸仏が助けられぬと逃げた極悪人です。 明日をも知れぬ、無常迅速の命しかないのです。 それなのに悪を悪とも、業を業とも思わず、因果の道理もはねつけ、し放題、無常と言われてもオレだけは大丈夫、まだまだ死なん、それより飲みたい食いたい、楽して暮らしたいの欲一杯、怒り、愚痴の生活をして何とも思わぬ。 後生など全く気にかけず、仏法など聞きたくない、我が身、可愛い、己れ正しい、我執しかない私です。 しかし日頃そうでも、臨終に死にたくないー、暗いー、助けてくれーと泣き叫びながら地獄へ堕ちる、後生の一大事を抱えた私がお目当てのなのです。 ◎本---何をなされたのか。 三世の諸仏に見捨てられ、後生は地獄一定、六道輪廻を繰り返し迷い苦しむ私を見られて、法性法身の阿弥陀仏が私を助ける為に仏の座から下りられて世自在王仏のお弟子となられた。法蔵菩薩となられて修行のやり直しをして下さったのだ。 どうしたら、極悪人を迷わぬ仏にさせることが出来るのか、諸仏の浄土を長い間かけて見て回られた。この仏の浄土はどんな世界か、そこに生まれる衆生はどんな者達か、どんな修行をしたのか 「諸仏浄土の因、国土、人天之善悪を覩見して」と正信偈に聖人はそのご苦労を書かれている。 そして、五劫が間かけて私を救う四十八願を建てられ、師の世自在王仏に重ねて誓われたのが重誓偈だ。 どんなに苦しく、時間がかかろうとこの願必ず成就して、衆生を救う仏に成ってみせますと。 それから後、兆載永劫の修行に入られたのだ。 それは想像に絶するものであり、言葉にかからない。 仏になるのは願を建て、行を積まねば願行具足しなければ成仏は絶対出来ない。例外はない。 しかし、私には五欲はあっても仏になりたいの願は無い、勿論、行、真の功徳善根は積めない、願も行も持ち合わせていないのだ。仏になる種は無い、闡提、断善根の衆生と言われるは、そこを指して言うのだ。 法蔵菩薩は見抜かれておられるのだ。 私の知らない私の実態を、すでに知り尽くしておられる。 迷い自惚れている私には、それが分からないだけだ。 願も行も自分が替わって成し遂げ、その全功徳をやりたい、廻向して、救って見せると願われた。 こんな願は、かってなかった。三世の諸仏の想像を絶する願だから 「無上殊勝の願を建立し稀有の大弘誓を超発せり」と親鸞聖人は褒め称え、「弥陀五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人が為なり」と感泣なされたのだ。 蓮如上人は御文章3帖目1通に 「この阿弥陀仏と申すは如何なる仏ぞ、又如何ようなる機を救いたもうぞと云うに、三世の諸仏に捨てられたるあさましき我ら凡夫女人をわれひとり救わんという大願を発したまいて五劫が間これを思惟し、永劫が間これを修行して、それ「衆生の罪に於いては如何なる十悪五逆謗法闡提の輩なりというとも救わん」と誓いましまして、すでに諸仏の悲願に超え勝れたまいて」 と説かれている。 ◎末---何ができたのか 「その願成就して、阿弥陀如来とは成らせたまえるを即ち阿弥陀仏とは申すなり」。 願行具足して、十劫の昔に法蔵菩薩は南無阿弥陀仏の仏となられた。一切の人が受け取る一つで本願の通りに救われる南无阿弥陀仏の大功徳が成就されたのです。 それを善導大師は有名な六字釈でどんな極悪人でも、救われる名号であると教えて下された。 釈尊はそれを「至心廻向」と教えられ、親鸞聖人は「至心に廻向せしめたまえり」と喜ばれた。 南无阿弥陀仏を受け取る者は「信心歓喜」し「即得往生住不退転」させられるから、全く阿弥陀仏の一人働きであります。 他力廻向の信心です。 それを教えた歌が、 「たのませてたのまれたもう弥陀なればたのむ心もわれとおこらじ」 阿弥陀仏から賜る真実信心は凡夫がおこす信心でなく、阿弥陀仏より与えられる信心であります。 ○仏願の生起本末を聞くと知らされる疑いの心 私は一度聞いて疑いの心が無くなったのでも、救われたのでもありません。 半年余り聞けば聞くほど、阿弥陀仏のお慈悲が知らされ、真実に出会えた喜び、六字の心を説き切られる増井先生とのご縁を感謝せずにおれず、涙し、念仏も称えずにおれなくなりました。 しかし、ここまでなのです。これ以上進めない、後生は依然として暗い、分からないのです。 それは阿弥陀仏の本願を疑う心が原因なのです。 この心にぶち当たり、途方に暮れました。困り果てました。 この心を次のように教えてあります。 ・「還来生死輪転家 決以疑情為所止 速入寂静無為楽 必以信心為能入」正信偈 ・「もろもろの雑行、雑修、自力の心を振り捨てて、一心に阿弥陀如来、我らが今度の一大事の後生、御たすけそうらえと、たのみもうしてそうろう」領解文 ・「八つとせ 益にも立たぬ雑行や 雑修自力は捨てもせで 弥陀仏泣かせて居たことは ほんに今まで知らなんだ」 ・庄松同行は 「合点ゆかずば、合点ゆくまで聞きなされ 聞けば合点のゆく教え 合点したのは信ではないぞ、それは聞いたの、覚えたの合点せよとは口では言えど 不思議不思議のほかはなし」 ・おかる同行は 「こうにも聞こえにゃ聞かぬがましか 聞かにゃ苦労はせまいといえど 聞かにゃ堕ちるし、聞きゃ苦労 今の苦労が先での楽と、気休め言へども気がすまぬ 済まぬまんまと、済ましにかかりゃ 雑修自力とはねだされ、どうして他力になるのじゃろ」 ・仏願の生起本末を聞いて、合点し、お慈悲に涙を流すことはあっても、それは真の信心ではありません。 私達の腹底には恐ろしい、雑行、雑修、自力の心、疑情があるのです。これは微塵もあっても助かりません。 自力の心、それはどんな心でしょか。 ○それには三つの心を知らねばならない。 「会報」64-67Pにも書かれている。 ・衆生性得の機---悪業煩悩--信前信後、死ぬまで無くならぬ心 (黒い心) 捨てられた機 久遠の実機 墜つる機 負けぬ機 己ながら愛想の尽きる機 お許しの機 お目当ての機 ・自力計度の機---弥陀の本願を疑う心、後生暗い心 (暗い心) これ一つが、流転させる最も恐ろしい心です。 南無廻向の機によって殺されて 一念でツユチリも無くなります。 本願疑惑 若存若亡 千歳の闇室 疑情 三塗の黒闇 無明長夜の闇 自力の迷情 雑行雑修自力の心 二心 無明業障の恐ろしき病 三塗の業障 ツユチリの疑い 不定の心 ひょっとの心 どうもの心 ハッキリしない心 なりたい心 喜びたい心 安心したい心 ・南無廻向の機---阿弥陀仏のまことの心 (白い心) 阿弥陀仏から直の呼び声聞こえたとき 聞其名号、聞即信の一念、 南无阿弥陀仏にぶち当ったとき、知らされるハッキリした心 まかせよー早く来いわれをたのめー 助けさせてくれーの叫び、久遠劫からの呼び声 ○阿弥陀仏に救われるとは ◎信前、救われる前は、衆生性得の機(悪業煩悩)と自力計度の機(本願疑う心)があります。 ・衆生性得の機 悪業煩悩に何とか聞かせようと一生懸命になりました。 真面目に、真剣に、善人になって聞こうとしましたが全く聞かない心です。 聴聞中も他のことを思ったり、勤行中も今日の仕事のことを思ったり、何度、叱って叩いてもびくともしませんでした。治らない。 無常、罪悪を思いつめてゆきましたが、へらへらしているばかりです。 今、死ぬと思わん、悪人とも思わん、でーんとして平気な奴です。 オレはこんな者なのかと段々、絶望感で暗くなります。 しかし、それさえも続かない、どうしょうもないのです。掴み出してたたきつけたいのに、仕方ないさで許してしまう、己れ可愛いに勝てないのです。 ・自力計度の機 阿弥陀仏のお約束が信じられない心です。 真剣に聞かぬ悪業煩悩が知らされほど、こんなものが聞くことが、助かることがあるのかと本願力を疑いました。 素直に聞こうとしますが、格好だけで、分かったけれど、分からん、どう思ったら、どう信じたら、どう聞いたらいいのか、なぜハッキリしないのか、早く楽になりたい、安心したいばかり。自分の心ばかり詮索して少しも阿弥陀仏の御心を聞こうとしていないのです。 自惚れ心でもあります。 自分で自分を助けようとあろこれして、阿弥陀仏におまかせ出来ない心です。最後まで何とかなると思っている心でもあります。 ◎信後、救われたら南無廻向の機に自力計度の機が殺され、無くなって、衆生性得の機が南无阿弥陀仏と一体になり、即ち仏凡一体となるのです。 ・「本願や行者行者や本願」(覚如上人) ・「頭たたいても南无阿弥陀仏、お尻たたいても南无阿弥陀仏座った姿も南无阿弥陀仏なら立った姿も南无阿弥陀仏」と、お軽同行は喜んだ。 ・「自力さらばと、いとまをやって わしが心と手たたきで、たった一声聞いたのが その一声が千人力四の五の言うたは昔のことよ何も言わぬがこっちのもうけ そのまま来いの勅命に如何なるお軽も頭が下がる」 ・それには「今ここで私が」と聞かねばならぬ本願だ、また聞けると思うな、と聞かせて頂く以外ありません。 泣き泣き、分からんまんま、そのまま阿弥陀様に飛び込んで行くのです。 仏法は聴聞に極まる、これだけです。 衆生苦悩我苦悩衆生安楽我安楽と必ず、必ず、阿弥陀仏の南無の心に貫かれます。 私はそう言い切れます。 # by watashinobyakudo | 2008-05-25 21:07
○高森先生、親鸞会ではどうせよと教えるのか。 私達は、欲、怒り、愚痴で毎日、心で、口で、身体で悪を造り続けている。また五逆罪、謗法罪という無間地獄へ墜ちる恐ろしい悪業を犯している。だから因果の道理、悪因悪果の報いは免れない。 後生の一大事(必堕無間地獄)は必ずある。 救われるには阿弥陀仏の本願以外にない。 では、どうしたら救われるのか。 蓮如上人は「五重の義、成就せずば往生かなうべからず」と教えておられる。 1宿善、2善知識、3光明、4信心、5名号(念仏) まず、何より宿善であり、宿善まかせと聞かされた。 船に乗ったら船頭まかせ、病気になったら医者まかせ。 宿善は善が宿るともいい、過去世を含む、今までの善行をいう。 また阿弥陀仏とのご縁、仏縁でもある。 宿善ある人は、後生が気になる、仏法を尊く思い、聞きたい心のある人と言われる。 1聴聞、2勤行、3諸善、が宿善厚くなると聞いた。 諸善は六度万行、色々あるが、例えば布施(親切)の法施は人間出来る最高善である。顕正、ご法話の誘いがこれに当る。 次に財施、親鸞会にお金を出すのも、すごい善、宿善と教えられた。 だから親鸞会の人は救われたいと、人集め、金集めに必死になるのは、ここから来ている。 しかし、これをして助かるのではない、これらは自力の善だから、自力の善では助からない。間に合わぬ。資助にならぬと言う。 助かるのはあくまで他力、阿弥陀仏のお力によるのだと説く。 じゃこの宿善、自力の善は何の為にするのかと言うと、獲信の因縁になると言う。 獲信の因縁?それは何ですかと問えば、獲信しないと頭で考えても分からない、本願寺の勧学でも分からない。 信心決定なされた高森先生でなければ分からない。 本願寺との「宿善論争」で本願寺が答えられなかったのが、何よりの証拠でないか、となる。 間に合わないけど、因縁になる、分からずとも、とにかく助かるには、それをせよ、といわれるのだから、頑張るしかない。 こう理解しているのだ。長い人ほど強く。 ・また、親鸞聖人はどうして阿弥陀仏に救われたのか、二ケ所だけ教えておられる。「雑行を棄てて本願に帰す」と「三願転入文」 それである。 蓮如上人はそれを「もろもろの雑行、雑修、自力の心を振り捨てて」と教えられている。18願真実の世界に入るには雑行、雑修を捨てねばならない。 捨てるには雑行、雑修は、どんなものか知らねば、捨てようがない。 雑行とは19願の諸善、雑修は20願の念仏、自力の心は二願に共通した心、これで助かろうとする心を言う。 18願を疑う心、計らい心である。 19願の心を知るには、本願の通りやってみないと分からない。 やらずにどうして分かるか。やらねば捨てられない、と教えられた。 自力一杯求めたことの無い者に、自力無功と知られる筈はないと。 ・次に、我々親鸞会会員は、その五重の義の2番目の遇い難い、善知識、高森先生より直接、ご指導賜る世界最高の幸福者。 文句言わず、宿善が厚くなるよう、世界の果てまで高森先生の御法話に参詣し、顕正に驀進し、家売ってもかまわんから財施に捧げるのだ、惜しむな、時間と金と身体をーーーーハイ頑張ります、 こうなってゆくのです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ○宿善まかせ--毎月正本堂に参詣、財施、して活動せよ ○宿善を40年求めて知らされたことは ・朝、6時30分に起きてから、夜、12時近くに寝るまでこれだけ活動、自力の善をしていても、善の出来ない自己、助からない自己が見えてくるのか、私には見えなかった。 やっても、やってもまだ足りない、自力一杯やってないから私にはまだ、自力無功が分からないのだ、まだまだ努力が足りないのだと反省するばかり。自分の影を踏むようなもので、キリがない。 馬の鼻の先にニンジンをぶら下げて走っている状態です。 その内、ニンジンが食べられる、自力の善の出来ない地獄一定の自己が知らされて弥陀の救いにあずかるはずだとーーーー予定を立ててやっている。 しかしそれは違っていた。自力の善には卒業はない、一生求道の道なのだ。 自力で自力の限界が分かる、と思うことこそ自惚れだ。そんな殊勝なものではないのだ、腹底は。買いかぶるな。 血で血を洗うことは出来ない。 ・「自力一杯求めたことのない者に、自力無功と知らされる筈はない」 では、高森先生は仏法聞いて3ケ月で獲信したと聞いたが、いつ19願の善を命がけでやられたのか。聞いたことはない。 過去世にやって来られた、と書いてきた人があった。都合のいい話だ。先生はそうだと言われていない。 ・回りの○百人の講師部員を見て分かる。 私以上に皆さん努力しているのだ。誰も楽している者はない。 しかし、20年、30年、40年そうやっていて、「私は自力一杯やって助からない、間に合わないと知らされて20願の念仏へ進み、それも駄目だと知らされて救われましたー」と言った人が無いではないか。 聞いたことは無い。誰か聞いたか、ゼロなのだ。これが現実だ。 ・「19願の入り口にも入っていない」と言われたそうだが、当り前なのだ。出来ないことをしているのだ。 「会報」第5集59Pに書いてある。 「本当の十九願の行者、二十願の行者は真宗の道俗にはいないといってよいのだ。」「真宗の道俗の中にそのような者は見当たらないから化土往生どころか、必堕無間こそ、間違いのない後生である」 そう書いてある。(「会報」は廃刊になっている。) これでは、高森先生は出来ぬと分かっていてやれと言われているのだ。これでは、一生やっても助からない筈だ。努力が足りないから分からないのだと反省しても意味がない。 目をさませ。 親鸞会は大きくなっても、一生このままで終わることになる。 私はハッキリと目がさめた。 ・「18願は五つ目のぼたもち、一つ、二つ、三つ、四つ食べてこそ五つ目で満腹するのです。五つ目だけ食べたら、それは一つ食べただけだから満腹しない」と三願転入を手紙に書いてきた人があった。 うまい例えのように思うが、19願の一つ目のぼたもちさえ食べていない(19願の入り口に入っていない)ではないか。 その例えを使えば、五つ目のぼたもちは浄土往生、しかしこれは多生かかると諦めて、一つ目のぼたもちを食べることに命をかけてはいないか。 大講師の人でさえ、観音菩薩の臨終説法の話に感動したのだから。 後生、地獄さえ免れるなら化土でもどこでもいいという思いになる。 大沼氏はここを説いていたのだ。 以前の高森先生はこれを「会報」に厳しく破邪していたが、今は変わってしまった。 あなたもそれでいいですか。安心して死ねますか。 ・皆、矛盾したことを言っている。 19願の通り、極楽へ生まれたいと思って諸善を心から必死にがんばれと勧めながら、しかし「大無量寿経の「心常念悪口常言悪身常行悪曽無一善」「雑毒の善」「心口各異言念無実」「十悪五逆謗法」が私達の真実の姿です。真の善などかけらも出来ない凡夫なのです」と説法している。 どっちが本当か、これで、真の心で善が出来るか。絶対出来ないことを知る為に、本気でやれ、など言われて出来ますか。 迷路にはまって、どこが出口か分からず、善をやってるつもりになったり、出来ない私と思ってみたり、何をやってるのか、分からないのだ。 ・M副支部長の疑問 私が本部長の時「話がありますのでいいですか」と電話があった。 建立御報謝の財施を募る忙しい時期だった。 「御報謝させて頂いていますが、これで助かるのですか」短刀直入に聞いてこられた。 私は「これで助かるのでありません。聞いておられる通り宿善となります。獲信の因縁になるのです。」と答えると 「いつもそこが分かりません。お金で頂ける信心とは思いませんが、助かる為に役立つのでしょう、違いますか」 「役立つというのは資助ということですが、そうではないのです。獲信の因縁になるのです」 「何にもならんのなら財施は出来ません。信心決定の役に立つと思いますのでさせて頂きます」と言われた。本部でも財施は常に上位の方でした。 財施=宿善=厚くなれば宿善開発=信心決定 と思うから、惜しまず出来る、と言われるのです。 会員さんは因縁と資助の違いなど、どうでもいいのです。 このMさんも急病で亡くなられました。 当時、ハッキリと答えられなかった自分を本当に申し訳なく思うばかりです。 ・Tさんの本音 30年求めて亡くなられたTさんは生前、「聴聞、財施、顕正、お誘い、活動のすべては宿善と勧められますが、これで助かりたいの心がけが悪いから捨てよと言われますけれど、ではどんな心でやればいいんですか。 私には分かりません。その心無くなったら求められません。どうしたらこの心、捨てられますか。 「助かりたいと思うから、出来るのでありませんか。宿善厚くなったら助かると思うから、頑張るのでないですか。100万出すか、200万出すか、どっちにするか、この心が決めているんですよ。実際は。」とも言われた。 「私はずっーと(30年)これが気になってきました。悪い心がけを捨てるなんて出来るんですか、そんなこと。私には出来ないですが。支部長はどんな心でしておられるですか」と真剣に聞かれた。 「私も同じです。これを自力の心というのですが、Tさん、この心どうしたらなくなるのか、実は私も困っているのです」と本音を話したら「支部長もそうでしたかー」と言われた事を忘れられない。 誤魔化して通るところではない。だからこそ、癌末期で私の腕にすがって教えて欲しいと泣かれ、言えなくて申し訳なくで私も泣いたのだ。 聞いたのも、財施したのも、何の明かりにも、力にもならない、宿善と言われてやってきたことが無力と知らされたTさんの落胆はひどかった。 自力一杯求めたら、自力無功と知らされると言うが、臨終が先なのです。 講師の皆さんは、こんな時、どう答えますか。 会員さんばかりか、自分にも同じことが、やがてやって来るです。 ・「消防署の方から来ました」と言って消火器を売りつけた者が詐欺で問題になった。「消防署から来た」とは言ってない、と言い張っても、聞いた人が「消防署から来た」と認識すれば、詐欺なのだ。 「財施は宿善だ、獲信の因縁になる」とは言ったが「これで宿善厚くなる、助かる」とは言っていないと開き直っても「宿善が厚くなれば、助かる、財施は獲信に役立つだろう」と会員さんが思えば、これと同じことでないか。そのように聞く者が悪いと言っていいのか。 「心がけが悪いから捨てよ」どころか、これで何とかしようと思っておられるのだ。あなたも、そうではないですか。 ◎「宿善まかせ」の活動を取ったら、親鸞会の発展は無いのが現実であり、会員さんが誤解していようと、どう思われようと活動を勧めているのだ。 頑張る人には、表彰状を出し、顕真に写真で紹介して褒め上げて、顕正新聞には、高森先生の選ばれた、お礼状が紹介される。 目標達成出来た講師は講が上がり、講師の見本だ、もっと活動せよと誉める。高森先生、有難うございます、もっと頑張ります、とお礼状を出し、認められたことを喜び、誇りで一杯になる、これで自力無功と知らされますか。 ○会員さんの認識、現状 ・先日、会員さんと電話する機会があった。 私 「Kさん、美味しい物や本まで送って頂きまして有難うございました。お元気でしたか。」 Kさん 「ハイ、しかし私も歳ですから、いつどうなるやら分かりません。でも今年は親鸞会50周年ですから、頑張りますよ。」 私 「何を頑張るんですか」 Tさん 「高森先生のご恩ですよ、50年も大変なことですよ。歎異鈔の本も出して下さったし、だから聴聞、教学も中々覚えられませんが、頑張りますよ」 私 「高森先生のご恩は大事ですが、阿弥陀様のご恩はどうですか」 Tさん 「あー、阿弥陀様ですか、私みたいな者には分かりませんよ」 私 「お歳でいつどうなるか分からんのなら、阿弥陀様にどうしたら救って頂けるか、そこを真剣に聞かねばならんのじゃないですか。」 Tさん 「そうですけど、私みたいな宿善浅い者、まだまだ無理です、私みたいな者」 私 「じゃあ、どうなったら助けて頂けると思っているんですか」 Tさん 「そりゃあ、もっと聴聞も多く行って、お誘いも、教学もして宿善厚くなって、ちゃんとしないとね。私は出来てませんから、まだまだですよ、私みたいな者は」 私 「阿弥陀様は立派になって、善人になって、ちゃんとせにゃ助けんぞと言われておられるかね。いつになったら、そんな立派な人になれますか。欲は深いし、腹は立つし、愚痴は治らんし、どうしますか」 Tさん 「そりゃそうですが」 私 「Tさん、大変な聞き間違いをしていますよ。いいですかーーー」 私はそれから30分ほど仏願の生起本末を話した。 ほとんどの会員さんはTさんのような理解をして求めている方が多いのだ。ウソだと思ったら周りの会員さんに聞いてみれば分かります。 ・昨年、30年以上も求めている知人から、私が親鸞会を辞めたと聞いて電話してくれた。話の中で 私 「なぜ阿弥陀仏にこれだけ聞いていても救われないと思う?」 知人 「宿善が薄いから、宿善まかせだから」と即答した。 私 「では正信偈に助からないのは、還来生死輪転家決以疑情為所止とあって疑情、本願疑う心一つとあるけど、どうなの」 知人 「んー、分からん」 彼は学階は講師なのだが、分からないと言った。 知識として疑情があるから救われない、信疑決判も知っていました。 しかし関係は分からないまま、30年近くたっています。 教えの沙汰、議論がされていないから、気にならないのです。 ただの知識で止まっています。 教学は求道の定規と言われていますが、実際はこんなことです。 ・30年以上求め、大講師の学階を持つ知人から手紙が来た。 「宿善が厚くなる、信仰が進むとは、善のかけらも無い醜い自己の姿が見えてくるということです。自惚れ強い我々は、微塵の善もできない者、と聞かされてもそんなはずはない、少しくらいの善ができるよ、と弥陀の本願を疑っています。そんな者に真実の自分の姿を知らせるには、善を徹底してやりぬかせるしかない、と弥陀は思われ、19願を建てられたのです」 「唯信抄文意のお言葉を拝読すれば、信心獲得は100年や200年求めて得られるような、ちっぽけなものでなく、多生永劫、求めてようやく得られもの、ということが明らかです」 「私には親鸞聖人のみ教えについて話したいことが山ほどある、1対1で法論しませんか」と書いてきた。 大講師の彼は、善の出来ぬ自己を知るため、自惚れた自己が知らされるから、19願の諸善、活動をするのだといいます。 では、30年以上やって、どんな自己が知らされたのか、彼の手紙にはそれは書いてありません。 阿弥陀様の頭の上に登って、19願の願意を解釈して分かったつもりになっているのではないでしょうか。 今生の獲信などあせらず、華光会に迷ったりせず、どっしりと、三願転入の道、まず19願の善が出来ぬ自分を求めていけばよいのだ、それを根拠を挙げて教えてあげましょう、と自信一杯なのだ。 親鸞会の真宗聖典に載っている信心数え歌の心が分からないのだ。 「一つ必定地獄と聞きながら うぬぼれ心にだまされて 墜つる此の機ということは ほんに今まで知らなんだ」 「二つ不定の命を持ちながら よもやよもやで日を送り 今宵も知れぬ命とは ほんに今までしらなんだ」 「三つ皆さん後生は大事じゃと 人には云うて勧むれど 我が身の大事と云うことは ほんに今まで知らなんだ」 ○本願寺からの追求と宿善論争と現実 本願寺がここを「高森親鸞会では、未信の者は信心決定をめざして今生において善根を積み、宿善を厚くせよと勧める。これは宿善の語義そのものから逸脱しており、当流相承の上には無い所談である」と批判した。 高森先生は「自力一杯求めたことのない者に、自力無功と知らされる筈がありません」と反論して「宿善論争」が始まったのだ。 本願寺は「親鸞会は宿善として自力諸善を積むように勧めているが、当流では他力の信心を獲るためにはまず自力諸善を積まねばならないなどという説示はない」と追撃した。 なるほど、親鸞学徒の手鏡と高森先生の言われる蓮如上人のご文章のどこを読んでも、そのように教えておられない。 信心獲得章、聖人一流章、当流安心章を読めばハッキリする。 自力一杯求めよ、の記述はどこにも無い。 高森先生は「自力の善が資助になるどころか自力無功、捨自帰他ーー 自力が廃らない限り、絶対に弥陀の本願は判らず、報土往生できないこと開顕し続けて来たのが親鸞会の歴史である」と反論された。 そして、三願転入のご文を証拠として、19願に善の勧めはある、と言われた。 しかし現状はどうか。 正しく理解されているなら、それでは、専門の講師部に獲信者はいるのか。自称獲信者が少し有ると聞くが、なぜ、顕正新聞、体験発表、弁論大会、仏法讃嘆のご縁があるのに、堂々とその喜びを発表しないのだろうか。私は一度も聞いたことがない。 抑えておれるのか。何時も言ってることと違いませんか。言わずにおれないのが真実の信心だと。 私は今回のご縁があって有難い限りです。思いっきり書かせて頂きます。 # by watashinobyakudo | 2008-05-25 21:03
○昔は廃立こそ大事と教えられた。 「会報」4集32P 「古来「教行信証」は三重廃立を開顕せられたものだと言われている。 事実、三重廃立以外に「教行信証」の教えはないのである。 まさに聖人が一生の心血を注いで開顕し給うた三重廃立の教えこそ釈迦、諸仏、菩薩、の出世本懐である。「一向専念無量寿仏」を鮮明に徹底させ、濁流滔滔たる現代人を救う最高の指針である。これこそ聖人の精神であり、源流遠く大聖釈尊の真意を伝うるものである」「我々が信心決定して絶対の幸福を獲得するには必ず、この「捨てもの」と「拾いもの」とを明らかに理解して、捨てるべきものは速やかにこれを捨て、拾うべきものは速やかにこれをとらなければ、絶対に救われることはないということである」と書かれている。 1内外廃立-一切の宗教をすてて仏教を信じよ 2聖浄廃立-聖道門をすてて浄土門に入れ 3真仮廃立-浄土他流をすてて真宗に入れ 特に親鸞聖人が厳しくなされたのが真仮廃立である。 自力他力廃立とも言い、信疑決判が真宗の命ではないか。 微塵の疑い、自力の心があっても浄土往生が出来ませんよと教えられた。 「もろもろの雑行、雑修、自力の心を振り捨てて」と蓮如上人も厳しいのだ。 それが行動に現れたのが親鸞聖人の三大諍論である。 自力信心 他力信心 1体失不体失の諍論--死んで助かる この世から助かる 2信心同意の諍論 --皆違う 皆同じ 3信行両座の諍論 --念仏で助かる 信心一つで助かる ・「笠あげて道連れ招く清水かな」 18願真実に救い摂られた人は、まだ分からず、迷い苦しむ人を見てじっとしておれないのだ。 美味しい清水を飲むと「おーい、ここに清水があるぞー、早く来いよー」と叫ばずにおれなくなる。 オレは一日中、山を歩き回って、やっとこの清水をみつけたのだ、あいつらもオレと同じように、探し回って見つければいいのだ。その内オレと同じように見つけるだろう、など思っておれない。 ◎疑惑和讃が23首あり、そこに19願20願の人々の信心について教えておられる。高森先生がいつも根拠に出されるところだ。 そして最後に 真宗聖典258P 「仏智疑う罪深しこの心おもい知るならばくゆる心をむねとして仏智の不思議をたのむべし」 「23首仏智不思議の弥陀の御誓いを疑う罪咎を知らせんとあらわせるなり」 これが、御和讃をつくられた親鸞聖人の御心、本心なのだ。 恐ろしい疑情の罪咎を知らせる、三大諍論であったのだ。 ここまで心を砕かれているのだ。そのように教えられているだろうか。 宿善の根拠にだけ、していないだろうか。 ・阿弥陀仏に救い取られた人は、五劫の願、兆載永劫の修行によって南无阿弥陀仏を成就して、十劫の昔から、聞いてくれ、受け取ってくれと待って待って、待ち尽くしておられた阿弥陀仏の御心が知らされたから、それを疑い、自力の善根功徳を差し向けたり、続かぬ、不安な心で念仏を称えている人を見ると、ほっておけぬのだ。 ・「待ちわびて うらむと告げよみな人の 今日も今日とて 急がざるらん」 やるせない阿弥陀様の御心だ。 ・「八つとて益にもたたぬ雑行や 雑修自力は捨てもせで 弥陀仏泣かせていたことは ほんに今まで知らなんだ」 ・「弥陀の本願信ずべし本願信ずる人はみな摂取不捨の利益にて無上覚をばさとるなり」親鸞聖人の叫びだ。 「顕正」133P 「我々の先徳は、この信行の戦いの為に流血の惨事の法難をくぐっている。自力の念仏を破って他力真実の信心を示すのは我々に命ぜられた無上の使命である。 --幾度も廃立を先として、唯信独建の仏意を教えても信に惑い、行に迷い易き衆生は、信楽開発することを忘れて、またしても自己の称える念仏をアテ力にしようとするのだ。ただに法然門下に於いて信行の戦いがなされたのみならず、親鸞門下に於いても信行両座の戦いは、現在も絶えず繰り返されているのだ」 と書かれている。 「獲信の記録」これも、廃立で教えてある。 しかし、 ◎今は「教行信証化身土巻」に三願転入、19願20願を通って18願へ転入したと親鸞聖人は教えておられる。その通りの道を歩むのだと、教えておられる。多生の目的だと言われる。 宿善は、諸善のすすめ、これこそ19願の教え、三願転入の教えなのだから、これでいいと、皆思っている。 ◎19願、20願は18願への道程なら、19願の諸善、念仏、20願の念仏を称えている法然門下の人の信仰をなぜ問題にされたのか。 必ず通る道を進んでおられるのだから、励まし、見守っておられていいのではないだろうか。憎まれてまで、なぜ諍論されたのだろうか。 不思議に思うのは私一人でしょうか。 ○三願転入、19願の諸善さえやればいい、が起こす間違い ・財施が宿善になるから 高森先生のご法話が終わり、高森青年部長(現布教局長)の座談会が毎月行われた。 財施の話の中で「ワシは自分の車を○○万キロメートル走ってあったが、メータを戻して高く売った」と自慢げに話した。 これは犯罪行為だ、大変なことを言ってしまったのが分からないのかと呆れてしまった。誰か注意したのか、次回の座談会で最初に「先回の車のことは、自動車屋が車の程度が良いからと言ったからだ」と言い訳した。いつも車はピカピカにしていた。 それでも自動車屋と共犯に変りない。 ご法話では因果の道理、善を勧め、宿善が大事と言いながら分かってない、「がめつく儲けて、綺麗に使え」といつも先生が言われている言葉を自分勝手に解釈している。 親鸞会への財施なら法を犯してもいいと、ご法礼を集めている座談会で言ったことになる。時効であっても責任は重い。 ・高額財施の勧め 母がいつに無く実家へ帰ると、怒っていた時があった。 聞くと、100万円以上すると高額財施者として高森先生と一泊会食会に温泉に行けるからどうかと支部幹部会員から勧められたと言う。あんな言い方があるか。仏法の為です、と言えばいいのになんで、高森さんの会食が売りものになるのか、親鸞会はおかしな集め方しとるなと言った。お前も講師だけど、そんなこと言ってないだろうな、と釘を刺してきた。 ・顕正、入会者のお金の立替 幹部の人から「うちの支部長はおかしいことをされる。顕正者に今月中に入会して欲しいからと、入会金、会費まで自分で立替えて出すと言われ、却って相手の方から不審がられてしまった。どうして、あせられるのですかね」と言われた。 目標達成が目的の顕正しているからだ。 達成こそ大事になってしまうのだ。 ・聴聞の目的違い 本部の教学講義の昼休みに、県の受講者の集合があった。 各支部の参詣表が出て来て、「今回の降誕会はこの成果でしたが、報恩講にこの目標が達成出来ねば失敗です」と言ったのに驚いた。 失敗の報恩講になる。 「報恩講に信を獲れ」とスローガンにあるが、実際、講師、幹部はこんな感覚で、人集めの活動していることになる。 目的忘れた聴聞をしていることになりませんか。 正本堂、2000畳に座れば、宿善が厚くなると思っているだけなら、とんでもないことになる。 ○三願転入の御文は親鸞聖人の歩まれた道です。 ・18願を説き切れ、虎の説法をせよ、と書いてある。 「顕正」124P 「然るに、わが浄土真宗は、このような十九、二十の本願に当る浄土宗とは違って十八願の願意である、信心正因、称名報恩の仏意を弘通する教えであるから、信前の人にも信後の人にも、始終一貫して信心正因、称名報恩の教えを勧めなければならない。 喩えば、虎の手本を見て虎を描こうと思っても、どうしても最初の間は虎でなく猫の絵になってしまうが、たゆまず屈せずアキラメず虎の手本を見て描いているうちに本当の虎の絵が書けるようになるように手本は如何に信心正因、称名報恩でも機執によって、そのようになれず、或いは定散自力の称名となり、称名正因ともなるものもあろうが、たゆまずアキラメず、信心正因、称名報恩の教えを勧めていれば、やがてその真意を諦得出来るようになるのである。 未熟な人に合わせて信心正因、称名報恩の教え以外の法門を説いて信心を得る方法には称名せよ、などと教えれば、あたかも猫の手本を与えて虎を書く方法とするようなものである。故に、教家は常に虎の説法をしなければならないのである」 ・「本願寺なぜ答えぬ」156P 「誰もが、意識すると、しないに、かかわらず、方便の道程を通らなければ、真実の絶対界には出れないのだ。」とも書いてある。 ・私は「私の白道6」に述べたように、阿弥陀仏に救われて親鸞聖人、蓮如上人のお言葉を改めて読み味わっています。 三願転入は親鸞聖人の歩まれた道であり、聖人が獲信後、振り返られた心の道でもあります。 誰でも通らされる心の道だと私は思います。 ここが19願、これが20願と、自覚なくても、意識すること無く通らされる心の道です。 高森先生も教学講義の時、言われて、えっと思ったものです。 てっきり、実行する道とばかり思っていたからです。 どうしてそれが分かるか、救われて、それまでの心がどうであったかハッキリするからです。 19願の諸善は、心から出来ません。落第です。 やっても常に「私が、誰々に、何々をしてやった」の恩着せがましい、毒を含んでいます。 20願の念仏、阿弥陀仏を念ずる心も、続きません。悩み苦しみ、嬉しい事があれば念仏を忘れます。20分の勤行中も阿弥陀仏のことを思い続けることは出来ません。仕事、身体、人のことばかりです。 18願の六字の心を聞きながらも、そのまま、まかせと言われるが、心では常に、こんな私でも助かるのだろうか、本当だろうか、どうしたら、どう聞いたらの疑い心が動きづくめです。信じる心が無いのです。それしか無い奴です。 宿善が厚くなるとは、仏願の生起本末を聞いて、自分の値打ちが知らされ、こんな者が今死んだらどうなるのか、と後生が苦になった人のことをいいます。熟して落ちそうな柿です。 宿善まかせだから、諸善、活動をしてゆけば何とかなるだろうと、後生を遠くに思い、そのうち、何とかなるだろうと思っている間は、宿善が熟していないのだ。青柿なのだ。 自分で求めているつもりが、皆阿弥陀仏のお計らいだったと知らされる道だからです。それを親鸞聖人は ○「噫、弘誓の強縁は、多生にも値がたく、真実の浄信は、億劫にも獲がたし、遇行信を獲ば遠く宿縁を慶べ」、宿縁とおしゃっている。 親鸞会会員は19願の諸善をしっかりやって、20願の念仏やらねば18願に入れないと思っている人がほとんどです。 しかし、18願、南无阿弥陀仏の謂れを聞く、仏願の生起本末を聞けば、南无阿弥陀仏の一人働きによって救われるのです。不思議です。 ○「いかに不信なりとも聴聞を心に入れて申さば、お慈悲にて候間、信を獲べきなり。只、仏法は聴聞に極まることなり」 蓮如上人も、ただ聞けと勧めておられる。 雑行も出来ぬ、雑修も出来ぬ、自力の心だけは頑としてある。 私は40年諸善やっても救われなかったが、阿弥陀仏のみ心、六字の心を増井先生よりお聞きして、阿弥陀仏に救い摂られました。 本当に聴聞に極まるでした。 その間、活動は一切せず、ただ聞くことだけでした。 考えてもみて下さい。80歳で初めて仏法のご縁があった人は、どうしますか。病気で動けない人はどうしますか。貧乏で動けない人は駄目ですか。急病な人は20年30年で獲られるような真実信心なら、間にあいません。 元気で活動できる人だけが宿善を求め救われる弥陀の本願ですか。 高森先生は華光会に10年余り関わりがあり、その影響が「会報」「顕正」に濃く出ています。 知っておられるのです。何を話すべきか。 これからも数千の人々が、Tさん、Mさんのように亡くなっていかれるかと思うとやり切れません。六字の心を説かれることを心から念ぜずにおれません。 ◎18願の説法もされる、何を言うかと言う人もある思いますが、あれで18願の願意を説き切っておられると思いますか。 「若不生者の念力」によって「信楽」の身になれるのだ、と説かれる高森先生に疑問を感じます。救われたら、明らかなことなのです。 チュ―リップ企画と田中氏の法論は大変な意義があるのです。 「私の白道1」に書いた通り、重大問題なのです。 未だに、その親鸞聖人のお言葉の根拠が示されておりません。 どうされるのか、毎回、注意深く見ています。 最初に紹介した高森先生への年賀状はここを分かってもらいたくて出したのです。私の心は通じたでしょうか。 今回は前回からの間が長くなってしまい、待っておられた方もあると聞き、申し訳なく思います。 自分の救われた体験までなら、一気に書けますが、何しろ内容が内容だけに、どう書いたら分かって頂けるだろうかと日々悩んでおりました。 # by watashinobyakudo | 2008-05-25 21:01
○親鸞会の活動していたら助かるのか
私がこの県、この市へ来て36年が経ち、その間に親鸞会に入会された人は1000人を越えるでしょう。また同じ程の方が退会され現在○百人の方が求めておられます。 仕事で16年、講師部で20年、この県の地理は隅々まで知り、幹部、会員さんの顔は忘れてはいません、 「宿善まかせ」ーーー宿善さえ厚くなれば助かる、と信じ、会員さんに活動を勧め(参詣、顕正、財施、アニメ販売、教学、その他)、その結果「私は救われました」と言う人は、私の親鸞会在籍中はありませでした。 私が退会してからあったでしょうか? 極難信の法ではありますが、仏願の生起本末、南無阿弥陀仏の御心を聞けば一人居て、一人救われる法であります。 私は講師部の時、この事が分からず、話しすることが出来ませんでした。 本当に申し訳ありませんでした。心よりお詫びせずにおれません。 ○18願を聞くと、三願転入の心を知らされる 増井悟朗先生より聞かせて頂き、18願を聞く、仏願の生起本末を聴聞するままが、三願転入させられる心の道であったと知らされました。 生起で私の相、値打ち聞かされても、自分ではそんな悪い人間とは思っていない。まだましな方だと自惚れていたが、食べて生きることが既に殺生罪の一生だ。よく自分を見れば、十悪五逆謗法は毎日犯しているではないか。 心から親切が出来ない、名利の心で、損得で動いているだけと知れてくる。 善はやっても「おれが、あいつに、してやった」では泥足で雑巾がけをしているようなもの。拭いた後に汚い足跡がペタペタと残っている。仏教では真実の善とは言わない。雑毒の善と言う。 「一切凡小、一切時の中に貪愛の心常に能く善心を汚し、瞋憎の心常に能く法財を焼くーー虚仮雑毒の善を以って無量光明土へ生ぜんと欲す、これ必ず不可なり」(化土巻) 雑毒の善では助からないと、19願の人を親鸞聖人はこう教えられた。 お浄土どころか、このままでは因果の道理で後生は一大事。しかも無常はいつやって来るか知れない。今晩かも。どうすればいいのかと、心は自力の諸善から阿弥陀仏の本願力に救いを求めるようになってきた。 本末を聞かされて、こんな私目掛けて命がけの阿弥陀仏の五劫兆載永劫の願行のご苦労があり、名号六字を成就して呼びずくめを知らされ、申し訳ない、称えずにおれなくなる。 しかしこの諸善万行の収まった念仏の大功徳で、何とかしようの心で称えているから、称えている時は助かるように思うが、称えられなくなり、続かないと不安になる。 「大小聖人、一切善人、本願の嘉号を以って己が善根とするが故に、信を生ずること能わず、仏智を了らず、彼の因を建立すること了知すること能はず、故に報土に入ること無し」(化土巻) 20願の念仏の人を親鸞聖人は厳しく戒めておられる。 称えても後生は暗い。ハッキリしない。不安になる。 おまかせ出来ない疑いの心、どう聞いたら、どう思ったら、どうしたら、どうしたら、ハッキリしたい、判りたい、助かりたい、何とかなりたい、墜ちると思えぬ、まかせられない自力の心にあせリ出す。 私は真の善も出来ぬ、念仏も続かぬ、そして頑とある自力の心、疑う心に苦しみました。この心が最後に大問題になって来た。 毎日このことばかり思うようになりました。どうしたらこの疑いがなくなるのか、無くそう、捨てようと努力しました。 しかし、どうやっても無くなりません。それでまた苦しむの連続でした。 ・「仏智疑う罪深し この心おもい知るならば くゆるこころをむねとして 仏智の不思議をたのむべし」 ・「八つ 益にもたたぬ雑行や 雑修自力をすてもせで 弥陀仏泣かせていたことは ほんに今まで知らなんだ」 ・「富士の白雪朝日で溶ける 凡夫の疑い思案じゃとけぬ 晴れたお慈悲を聞きゃ晴れる」 増井先生、華光会の先生より仏願の生起本末を聞き、阿弥陀仏にここへ照育せられ、導かれていったのです。 それが南無廻向の心、「まかせよー」の一声、聞こえたまま、疑いの無い信楽の心になってしまいました。 不思議としか言い様の無い、南无阿弥陀仏の本願力でありました。 「大悲の願船に乗じて光明の広海に浮かびぬれば、至徳の風静かに、衆禍の波転ず」 何と楽な世界か。願船に乗せられると往生の当てができて楽になってしまった。こんなことやったのかー。知らなんだー。 「九つ ここに居ながら正定聚 光明摂取の網の中 逃げても逃がさぬお慈悲とは ほんに今まで知らなんだ」 南无阿弥陀仏を聞信する一念に往生は決定し、そのご恩に念仏を称えずにおれない身とさせて頂きました。 ・阿弥陀仏の18願「至心信楽欲生我国」の誓願を、 ・釈尊は「聞其名号信心歓喜乃至一念至心廻向願生彼国」と説かれ、 ・親鸞聖人は「聞と曰うは、衆生、仏願の生起本末を聞きて疑心あることなし」とお示しにならました。 「仏法は聴聞に極まる」本当に聞くひとつでした。 「18願を聞け、生起本末を聞け」 聞けば「三願転入」の心も知らされるのです。 真宗宗歌 1 深きみ法にあいまつるーーー18願、仏願の生起本末、南无阿弥陀仏 身の幸何にたとうべき ひたすら道を聞きひらき 真の御胸いただかん 2 永久の闇より救くわれし 身の幸何にくらぶべき 六字の御名を称えつつ 世の生業(なりわい)にいそしまん そうとも知らず、19願の自力の諸善を積み上げて、20願、18願と進んでゆくぞー。「光に向って」頑張ってゆく道だと聞き間違って、30年、40年と求め、やがて歳や病や、お金が尽きて泣いて後生へ出かけて行く会員さんを、余りにも多く見てきました。 講師部の時、これが求道だ、国に一人、郡に一人の厳しい道だ、宿善浅ければ助からなくても仕方が無い、どうにも出来ぬと見ているしかありませんでした。 阿弥陀仏は泣いておられます。 ようやく人間界に生を受け、聞きがたい仏法、しかも阿弥陀仏の本願を聞きながら、聞き間違いをして、またも流転してゆく相に、血の涙を流しておられます。 お前はもう私の心が判ったからには、早く伝えてくれ、懈怠な心、非難を嫌う心しかないことは判っている、しかし伝えてくれ、の阿弥陀仏の御心に押し出されて、私は、「私の白道」を書かせて頂いています。 阿弥陀様に書かされているなと感じます。 早く南無阿弥陀仏に遇って頂きたい、救われて頂きたいの心を忘れず、これからも書かせて頂きます。 真宗宗歌 3 海の内外のへだてなく 御親の徳の尊さを わがはらからに伝えつつ 御国の旅を共にせん 懈怠な私への阿弥陀如来のお勧めです。 ○聴聞と信心の沙汰の大切さ 「仏法は聴聞に極まる」は最も大事です。次に「信心の沙汰」ご示談、談合、座談も大事であることを、蓮如上人は何度も教えておられます。 蓮如上人仰られ候、「物を言え、物を言え」と仰られ候。「物を言わぬ者は恐ろしき」と仰せられ候。「信、不信ともにただ物を言え」と仰せられ候。「物を申せば心底も聞こえ、また人も直さるるなり。ただ物を申せ」と仰せられ由候。 (御一代記聞書87) 一方的に話をしていても、どう聞かれたのか、何が分からないのか、聞き心、受け心を無視していては南无阿弥陀仏は届きません。 聞き間違い、思い違い、疑問は必ず起きるのです。 だから蓮如上人は、そこが大事だから「物を言え」、信心の沙汰、談合、ご示談、仏法讃嘆をせよと厳しく教えられたのです。 此れは廃立の精神でもあると思います。 ○なぜ信心の沙汰が無いのか。 親鸞会で長く求めていても信心決定が難しいと思われる原因の一つが、この信心の沙汰が余りにもなされていないからと思います。 では、なぜ信心の沙汰が無いのでしょうか。 今回、問題にしたいのがここなのです。 信心の沙汰が無い。なぜしない。なぜ出来ない。ここを知って頂きたいと思います。 ◎親鸞会の体質を問うーーー自由に物が言えない。これでは沙汰は出来ない 親鸞会は明るく元気に、上司に素直にハイと従って聴聞、活動することを求められます。何か、疑問、質問、本音を言うと注意されたことはありませんか。そんな発言は周りに悪を撒き散らせ影響を与えるから決して言ってはならないと・・・。 たとえ教えに関する疑問でも、こんな事を言ったらまた注意されるのではないか、指摘されるのではないかと恐れ、建て前しか言わなくなるのです。立場のある人程それは強いのです。 教え、活動、言動にまで、じっと上司の指示に無批判で従うだけの人間になってしまい、本音、疑問は胸の奥深くに押し込んでしまう。これが求道だと思って、孤独地獄に落ちて悶々とした日となってゆくのです。違いますか。なぜこんな雰囲気なのでしょうか。 私の体験をお話してその原因を知って頂きたいと思います。 少し長くなりますが、親鸞会の真実の姿を知る為に読んで下さい。 ○高森先生に初めて上司指摘の手紙を書く 平成14年4月に高森先生へ手紙を出しました。 出すのに1週間悩み、覚悟して書きました。 それは長男の高森布教局長に対する内容であり、講師部となって17年目で初めての上司の指摘を書いたのです。 親鸞会講師部を知らない方には、そんな手紙位と思われるでしょうが、これは講師部の首を掛けないと書けない内容です。 なぜなら、 講師部聖則(学院生も同じです) 一、親鸞会講師部は、会長先生の御指示に無条件で従い、信心獲得を本と致します。 一、親鸞会講師部は、上司の指示は会長先生の指示と心得ます。 一、親鸞会講師部は、いかなる場合も仏法最優先とし、破邪顕正に命をかけます。 一、親鸞会講師部は、常に求道の姿勢を正し、会員の模範となります。 この聖則が講師部の求道の規範になっているからであり、これに反する言動は、講師部不適格者であり、除名、顕真学院再研修、任務解任、役職解除、降格等の処罰が課せられます。 まして、高森先生、又は身内への批判は厳罰であり、許されない行為として、徹底しています。 しかし、書かずにおれない事態が起き、決意しました。 平成14年に支部長制度が始まり、これまでの本部制度は廃止となり、東総本部長であった高森総本部長は、布教局長となりました。 高森布教局長ー4名の部長(布教部長)ー○百○十名の支部長 の組織となった。 しかし、布教局長、部長は、支部長とは上下関係が無く、支部長がやってゆけるように補佐する立場と高森先生が言われた。 これまでの様に、高森布教局長は上司ではない、公共の会場では御法話をしない、組織を使ってご法話に誘うことはしない、月に2日しかご法話ができないと規定が発表され、支部長は自分の支部会員への法施、活動に専念せよ、と言われて自由な活動が約束され、皆喜んだものです。 しかし、私の県で高森布教局長をそれまで招待していた会員さんは、続けて招待ご法話を続けられることになりました。それは自由ですから、問題はありませんでした。 参詣は自由。その日、支部長は自分の布教活動に専念していいはずなのに、同じ県の他の支部長7名は、本部制度の時と同じように高森布教局長のご法話に参詣しました。参詣しなかったのは私、一人です。 4月の北陸支部長会合の朝、用事で高森布教局長の部屋へ入ると、頭から 「ワシのご法話に参詣しないのは君一人だ、遅れるのが分からんのかー」 と大声をあげてきた。私は内心、「遅れとるのは、そっちだー」と叫んでいました。 大分、興奮しているのが分かる、この4ケ月間頭に来ていたのだ。 「組織が変わった途端に勝手なことしやがって、先生がどう言われようと、ワシを無視したらどうなるか分かっているのか」、という強い憤りを感じた。 私と高森布教局長は30年近くの長い付き合いです。 高森青年部長時代、私は上隊長で局長は私の上司だった。 36歳の時、電話で講師部に入らないかと誘ってきたのは高森青年部長だった。 青年部担当時代が最も親密な間であり、青年部員の結婚式も、司婚が高森青年部長、私が準備兼司会で相当の数をした。 副青年部長、青年部参謀に任命され、本願寺への批判本を配布する「イナズマ作戦」の担当、「全国青年部ご法話」の会場係も担当し、信頼を受けていた。 しかし、いつも感じていたのは、その強い「自己顕示欲」だった。 約束、時間、整理整頓に厳しく、尊敬する点は多々あったが、「ワシがー」だけは、何年たってもなじめなかった。謙虚さなんか無縁の人だ。 また人の指導方法にも嫌な思いを何度もした。 人のミスを細かくメモし、よく覚えていて、人の集まる所で指摘を始める。 始末書、詫び状の提出も確認して、遅れると又指摘だ。 段々と人の弱点、引け目を握って服従させてゆく。そのやり方は本当に嫌でたまらなかった。皆、嫌っていた。 大好きなのはお礼状だった。 ブラジル布教に行くとき、日頃読めないから、トランク一杯のお礼状をつめて飛行機の中で読むのだと言ったとき、これでは大きな男になれないと思った。若い時から、自分への称讃、感謝の言葉に埋まっていたら、自惚れてしまい、自分は特別な人間と錯覚するだけだ。 他人は叱り、自分は称讃が欲しい、我執丸出しの性格が出来てゆくだけだ。 最も絶望したのはご法話への姿勢、仏法への姿勢だった。 青年部、婦人部、一般部、学生部の活動組織が本部制度に変わった時だった。 それまで関東の青年部が高森青年部長を招待してご法話をしていたが、制度が変わったので、他の10講講師(当時7名)にも来てもらおうという話が出て、それが高森青年部長の耳に入った。 すぐ副青年部長が集められ、関東青年部担当講師に、「他の者を招待するそうやな。それなら今月のご法話、ワシは行かんぞ」と言い捨てた。 本当に驚いた。講師部にとってご法話は命のかける所、釈迦如来の代官として務める聖使命でないか。それを、自分以外の者を招待するなら、約束してあるご法話まで行かぬとは何ごとか。こんな程度か、この男にとってご法話は。心底怒りが出てきた。 担当講師はひたすら詫びていた。その後、変わりなく関東ご法話は続いていった。私はこの時から評価が変わってしまった。 もう一つ、ご法話に「遅れ」があってはならない、もしあったら厳罰が講師部の決まりだ。その場の会員さんに土下座して謝罪し、参詣者全員にお詫び状を書くことになっている。処罰は勿論ある。 私が光教育担当としてアニメ販売で九州熊本市へ行った時、高森総本部長のご法話があった。10時からの日程なので、会員さんも九州中から担当講師が誘い集まっておられた。 しかし10時になっても10時30分になっても来ない。 会場では10時から、アニメ上映が始まっていた。 10時40分過ぎ、タクシーから下りて来て、11時過ぎから法話が始まった。 担当講師に聞くと、本部長は事前に了解だからと言う。 遅れることが分かっているから、アニメで時間稼ぎして法話をさせる。なぜそうまでして高森総本部長に来てもらわねばなならいのか。 九州本部長は自分で法話をせよ。九州の責任者でないか。 それで、ご法話に絶対遅れるなと日頃、担当講師へ指導していて何になる。 あってはならぬ事でも、高森総本部長は特別な方、仕方ない、皆、目つむれと教えているようなものでないか。馬鹿なことをしている。 「はらからよ、姿にかけた法を説け」の当時の高森先生の指導を、活動部門最高責任者自らが無視していることになる。何をやっとるのか。 特権を見せ付けてるのか、そんな根性なら来るな。 次に北海道へ光クラブ員19名とアニメ販売で移動した。そこでも北海道の本部長が高森総本部長を招待してご法話をした。 今度は昼から1時間ほど話して飛行機の時間に間に合わせるため、後はアニメ上映にして本部長が総本部長を乗せ運転し、会員さんを会場に残して飛行場へ行ってしまった。会員さんをほっといて何をしてるのか。 どこも、ここも、皆、高森総本部長の都合に合わせて、やってならないことを、担当講師に見せている。こうして腐っていくのだ。 「遅れとるのは、そっちだー」と内心叫んだのは、こんな怒りからです。 今後も参詣しないと、「まだ懲りないか」と言うに決まっているので、そんな気持ちで説法している話は聞きたくないから、高森先生に九州、北海道のあったことを書いた。 これで、上司批判と判断されて除名されるなら、それも仕方ないと腹をくくった。何も連絡は無かった。 次の北陸会合の時、終わり際に高森布教局長は、「ワシのご法話に参詣しろとワシは言っとらんからな」と強く念を押して退場した。他の講師には何のことか分からなかったろうが、私は高森先生から叱責があったなと分かった。本人からは一言もなかった。 必死で書いた手紙も、親子の間だけの話で終わり、表には出ず、しかも高森布教局長の言動を見る限り、反省など無く、こんな姿勢では何か問題が起きると予感された。 そして、全講師部を揺るがす、前代見聞の不倫疑惑事件が起きた。 # by watashinobyakudo | 2008-05-25 20:58
○高森布教局長の不人気と高森家の危機
4月の末に高森布教局長の不倫疑惑の噂が流れた。 私の耳にも入り、すぐ関東担当部長(布教部長)に電話すると、関東では会員さんも知っているという。疑惑は事実だった。大変なことになった。会員さんの耳に入ればどうなるのか。 すぐ講師長に対処のメールを送り、指示を待った。が何もない。 高森先生にも手紙を書いた。 不倫疑惑の事実確認、原因、対処の三つをお願いした。しかし指示は無い。 同じ県に知らない支部長がいて、時間の問題と思い、3名に聞いたところを伝えた。これが後に除名行為になるとも知らずに。 5月に高森先生の定例講師部会議が開かれた。 この時、皆、不倫疑惑について説明があると思っていた。 しかし何も言われない。4名の部長(布教部長)の問題を話題にされ、必要かどうか聞かれ、わずか6、7名の支部長が部長の存続を望んだが、100名以上の支部長は手を上げなかった。5%しか支持がなかったのだ。 部長の支持率5%、不必要の意思表示は高森先生にとってショックだったと思う。 わずか5ヶ月で、高森布教局長ーー4名部長ーー支部長体制の拒否は、そのまま高森布教局長拒否でもあるのだ。 いかに高森布教局長が全支部長に不人気か、嫌われているか、再自覚させることになった。 この意思表示に、遂に高森先生は部長は4名とも解任、支部長に降格と言われた。 しかし会議が終わる15分前になっても不倫疑惑について話題を出されない。 司会の講師長も避けて通すつもりと分かったので、大きな声で私は手を上げた。不倫疑惑でなく、支部長会合の指導の内容が今の我々の問題と違う事ばかりで、やる気が起きないと爆弾発言をした。 高森先生、全講師部の前で高森布教局長の批判をした。他の支部長もこれに続き、批判の発言をした。 講師部除名になった瓜生支部長も、「自分に対するお礼状があるかどうか、そんなことに会合時間をつかっている」と批判した。 高森恭子部長が、北陸支部長全員の名前を黒板に書き、○△×を書き、「これは何だと思うか」と聞いた。やがて、あることに対する高森布教局長へのお礼状のことで、○は出して内容が良い、△は出したが内容が良くない、×は出してない人。×の者に反省を求められた。 しかも、全員のお礼状メールが読み上げられた。まだその上に会合記録として、お礼状のメール全員分が会合記録にアップされ、全支部長に送信されてきた。この異常さには驚き、呆れた。自己顕示欲の塊だ。 「支部長制度で上下関係が無くなったと思うな、ワシはあくまでもお前達の上司だ、ワシを無視したらこうだぞ」、という意思表示と皆思った。 嫌われて当り前だ。 時間が無いのに、月2回も支部長会合で集められ、何をやるかと思ったら、自分の言いたいことばかり中心に話している。こんな布教局長は要らない。新しい酒は新しい器に入れるべきだ。前の器ではせっかくの新酒も同じ味になってしまう。 とどめに2年前亡くなった斎藤支部長が「高森布教局長はそのままですか?」と念を押して聞いた。 高森先生はムーッとした表情になり、あわてて講師長は、「変わりない」と言って解散となった。 不倫疑惑もあり、長男への批判がこうも強いとは、高森家の最大の危機と受け取られたと思った。 ○支部長制度のウソ 支部長制度は清森さんも「清森問答」に発言があったように、高森先生が講師部に一言の相談も無く勝手に決めて突然発表し、しかも講師部員の自発的希望であると会員さんに偽りの説明をされた。 非常にショックだった。会員さんまで騙していることになる。 こんなウソが平気で言える人だったのかと、驚いた。 しかも、本部長制度から支部長制度の変更原因も、今年の報恩講の参詣人数が昨年と変わりないと聞かれ、激怒して、本部長制度では親鸞会は発展しないからと後で聞かされた。支部長制度の方が会員が増えると思われたからからだ。 今の支部長の中から、誰が早く200名、300名それ以上の支部になるか、楽しみだと言われた。目的はあくまで親鸞会を大きくする事だった。 法領(給与)も無くなった。私の歩んだ道を歩みなさい、私の時は何も無かった、君達は恵まれている。ご法話テープもある、アニメもある、なぜ生きるもあるからと言われ、経済的不安はそんな心配ない、やがて困るくらい財施に恵まれる時がくるとも言われたのだ。盲信は恐ろしいと後で思い知らされる。 ○高森先生の不倫疑惑もみ消しの指示 講師部会議が終わって、突然、関東担当支部長から不倫疑惑に関するメールが来た。「これは講師部2名と会員が布教局長を失脚させるためと、講師部を攪乱させるため計画された事だ」とあった。 メールを送って来た支部長に内容の説明を求め、なぜ私に送ってきたのか電話で聞くが、言えませんというばかり。20年近い仲なのに口封じされている。 しかし高森恭子部長が指示していることが分かり、高森部長になぜそんなことをするのか聞くと、言ってないと白を切る。メールを送ってきた支部長から聞いたと言っても白を切る。では電話して確認しますよ、と言うとどうぞというので電話して代わって話しさせたら、認めた。 しかし「会長先生のご指示ですから」とケロッとして、今、ウソを言ったことを詫びない。 これが親鸞会講師部の価値観なのだ。「高森先生のご指示」なら、法友を騙しウソを言っても問題にならない。 水戸黄門の印籠と同じで、ははーと平伏するのが講師部員なのだ。 顕真学院でもこればかり教えている、と言って過言でない。 「高森先生のご指示」ーーー親鸞会で最高の権威なのだ。誰人も文句は言えない。 世界で唯一の善知識なのだから。間違いない指導者なのだから。 これを高森布教局長が悪用している事実を、インターネットで暴露した講師も過去にいた。 このことで、高森布教局長の不倫疑惑は、高森家では親子、夫婦協力体制で全力で取り組んでいることを感じた。 もし事実となれば、講師部除名処分に相当する。 講師部規定5 「私は親鸞会の講師として絶対に不倫な男女関係は致しません。 上記の誓約を厳守出来ぬ場合は講師部を退きます。」 その県で、この問題に熱心な講師の切り崩しが始まっていた。 私の県は2名だった。もう一人の支部長からは、密会を隠し撮りしたビデオを見せてもらった。羽田空港ロビーから二人が出てきて、バスに乗りホテルへ入り、二人でホテルの朝食の場面が写っていた。写真も出回っていた。 ○降誕会に参詣しない布教局長の理由 関東の別の支部長からメールが届き、支部長の首かけてこの疑惑を追及する、降誕会に局長に会ったら本人に詰問すると送ってきた。これを局長にも送ったとあった。 男らしく答えるのかと思ったら、実行委員長であるのに1週間ほど前に腰痛を理由に実行委員長を辞退して、1日も参詣しなかった。 入院も手術もしない腰痛、車で20分ほどの高岡市に居ながら参詣しないとは、こんな講師部の欠席は聞いたことが無い。 広島県から私のよく知っている癌末期の会員さんは、身内の運転する車に酸素ボンベを持ち込んで本部まで来られたが、体調悪く参詣出来ず帰られた。そして亡くなられた。命がけて参詣されていた。 高森局長は海外へ行くと「万難を排して参詣しましょう、如来聖人、高森先生が待っておられます」と堂々と誘っていながら、自分のことは、別らしい。 宿善は聞法心にも現われる。こんな程度なのか ○講師部総会で不倫疑惑事件の総括。除名者、続出、そして誓約書 H14年8月27日(28、29日と追加になる) 高森先生の講師部会議が朝から行われた。 講師長から早く席に付けと、いつに無い厳しい叱責が飛んだ。 高森先生の表情も厳しく、遂に3ヶ月目にして不倫疑惑の真相が解明されると思った。しかし高森布教局長の姿が無い。 ●詳細はインターネットで「M晴をあまりいじめないでくれ事件」を検索すれば分かります。この内容は事実です。清森さんも同席して事実と認めています。 不倫疑惑に関係したり、聞きながら上司に報告しなかったり、他の人に話した講師が30名以上前に出され指摘の嵐を3日間受けた。 私も、まだ知らなかった支部長3名に話した罪で前に出た。 罪状は「五逆罪」と言われた。講師部の和を乱した、和合僧を破った恐ろしい無間業、地獄行きの大罪と弾劾された。 しかし不審が幾つもあった。 1 不倫の事実が有ったか、無かったかハッキリ言わない。 無かったに決まっているを前提に進めていた。 問題の女性講師も参加していたが、3日間、一切の発言は無かった。 事実の確認は全くせず進めたのである。 3月、4月と東京に行きながら、活動日報には地元にいたように ウソの報告がしてあった。このことさえ聞かない。 2 なぜこんなスキャンダルを、講師部2名と関東青年部員が見つけ広めたのか。 失脚させたいほど嫌われている原因は何か言わせない。 最も大事でないか。裁判でも動機がまず問題になる。 明らかになると別の問題にも発展して困るからだ。 私はすでに聞いて知っていた。嫌われても無理は無い。 3 高森布教局長は大人であり、本人が不倫疑惑について何も言ってないのに なぜ親の高森先生が仕切るのか。かばっていい問題か。 これは仕組まれたもの、ビデオも写真も捏造と言いながら、 映した講師や青年部員の動きを細かく詰問するのか。 無いことなら追求する必要がない。 矛盾したことを聞いているなと思った。 4 高森布教局長は日頃、「李下に冠を正さず」の格言を出して 誤解されるような言動をするな、と何度も講師部に注意しながら、これは何だ。 会員さん、講師部に不審で迷惑かけたのは事実だ。 謝罪、釈明をなぜしない。させない。しなくていい問題なのか。 こんな事、世間でも常識でないだろうか。(今だに無い) 5 問題を関東担当部長が高森恭子部長に報告した時、 「彼女が東京へ行ったのは知っています、相談があったからです」と言いながら、 私が聞くと、そこまで関東部長から聞いて知っていると思わないから 「彼女が行ったのは、親戚に出産祝いを持って行っただけだから」と 違った理由を言った。 なぜ聞く人で理由が変わるのか。 やはりウソ、誤魔化しが平気な人だ。高森家の家風なのか。 相談なら、電話もメールもある。高岡まで40分の所に居るでないか。 なせ忙しい関東地区支部長会合の前の夜に 3月、4月と高い交通費を使って、相談ごとに一緒に行かねばならないのか。 不自然すぎる。 6 なぜ五逆罪なのか。問題起こした本人が、無罪で、 話題にした者がなぜ除名の重罪になるのか。 理不尽すぎる。明らかにおかしい。 7 講師部もバカではない。私でもこれだけの事を感じている。 こんな強引な、理不尽なことをすれば、 皆の尊敬、信頼はどうなるのか分からないはずはない。 しかし背に腹は代えられないところまで、高森家は追い詰められ、 100日考え、こんな余りにも愚かしい結論を出した。 高森先生は顔を引きつらせ、私にも「○○、そんなに面白かったか、楽しかったかー」と言われた。日頃の善知識ではなく、完全に怒り一杯の親の顔だった。会員さんには見せたことの無い顔だ。 読んでいる方は、なぜ講師部はこんな理不尽なことに従うのか、反発しないのだろうかと思われるのではないでしょうか。 これこそ親鸞会講師部の問題の体質なのです。 重大な問題です。 1 後生の一大事がある 2 解決の道である「阿弥陀仏の本願」を正しく説かれる善知識は、高森先生しかおられない。先生から離れたら絶対に後生の一大事は解決出来ない、後生は地獄だ。 除名になったら、助からない、地獄へ堕ちろと言われたのと同じだ。 だから、何があっても、何を言われても、どう思おうと、しがみついてゆかねばならない。無条件に服従するしかない。 講師部は骨の髄までこれが徹底しているから、高森先生はこんなやり方でも、この難局を解決出来る、乗り切れると読まれたのだ。長年教えてきた自信があったのだ。 私は自惚れの極みと思う。これは「善知識だのみの異安心」と同じ心と言って間違いだろうか。 私は決して、個人のスキャンダルを暴いて、困らせて追求しようと思って、これを書いているのではありません。 なぜなら、悪縁がくれば何をするか分からぬ煩悩具足の自分であることは、阿弥陀仏に救い摂られてからは、余計に毎日知らされるからです。 仏教では身体より心の罪が重いのですから、人のことを言う資格は全く無いのが私です。浅ましい、恥ずかしい、人に見せられない根性しかないくせに、名誉欲で口と身体を何とか慎み善人顔しているだけなのです。 時間とお金があって、見つからぬとなれば、何でもしてしまうのが私の本性なのです。 不倫疑惑の事実を白黒つけようと思って書いているのでありません。 この問題を本人、高森先生、恭子さんはどう対処したかです。 この3名は親鸞会の最高指導者です。会員全員が影響うける人達です。 その体質こそ仏法者にとって大事な問題だから詳しく書きました。 「過ちを犯さないことを誇りとするよりも、過ちを直ちに改めることを誇りとしよう」 一日一訓カレンダーにありますが、その通りにされただろうか。 仏法の五逆罪を持ち出し、前に出された講師部を3日間、他の講師に徹底的に指摘させた。 又、高森布教局長への不倫疑惑以外の批判的言動まで暴露するように言い、その講師も前に出させ、過去に何を言ったのか、これも徹底的に指摘した。 信じて言った相手に暴露され指摘されたら、もう二度とその人間を信じられなくなるのが人情だ。 息子の批判は今後一切させない、出来ないことを見せつける為だが、これこそ自ら、和合僧を破る行為ではないか。3日間前に座らされていたが、私はそう思った。講師部の人間関係が一気に崩れた。 3日目に判決が出た。前に出された者は除名、地獄へ堕とされた。 声を上げて泣いた。 やがて、「世間にも執行猶予ということがある。どうだろうか、皆んながそれでよいなら、そうしてもいいが」と助け船を出した。 3日間指摘した側の講師も、除名させようなどと誰も思っていないから、すぐこの提案に乗った。ボードに一人一人名前と執行猶予の年数が書かれていった。 私は5年だった。長い講師は20年、30年があった。 インターネットにバカ息子と書き込んだ講師は20年だった。 これでは終身刑と変わらない。 高森先生が亡くなっても、息子を非難したことを、ずーっと反省していろということになる。 これは将来に亘って、息子の批判をさせない、次期会長へ安定移行させたい不安の現れと思った。 しかし、それだけで済まなかった。 (講師部総会での規約)平成14年8月29日 1 講師部間の悪口、非難は一切厳禁する。 2 講師部の和を乱す情報を得た者は、その提供者と、情報と、その日時を直ちに報告すること。 3 講師部員の言葉遣いや行動で、おかしいと思うことは、どんな些細なことでも直ちに報告すること。 この誓約書を、その場で署名して提出するように配られた。 今後このような非難をさせない為の準備が出来ていたのだ。 完全に講師部の心は読まれ、北朝鮮と同じ密告奨励の組織に変わった瞬間だった。腐敗の始まりだ。 全員、何も言わず提出した。 これで完全に口を封じたつまりかもしれないが、息子可愛さ、自分達の保の為に、愚かな判断をしたものだとつくづく思う。 法友を信じるな、本音を言えば大変なことになる事を身を以って教えたのだ。 それにしても除名のところを、特別のお慈悲で執行猶予で助けて頂いたなどと当時は思ったが、時間と共に馬鹿げたことだと段々思えてきたものだ。 私が感じた講師部の裏の規約はこうだ 1 本音で言う者は下の下 2 建て前で言う者は普通 3 建て前を本音のように言える者は上 4 何も言わず、聞いて密告する者は上の上 これが今後、講師部で生きていく為の規約になった。 親鸞聖人の「御同朋、御同行」精神から完全に外れている。 高森先生、局長は絶対批判されない特別の人だから、私がこの「私の白道」で親鸞会の会員さんを「親鸞学徒」と初めから書かないのはこれが理由です。 高森会の会員さんです。 # by watashinobyakudo | 2008-05-25 20:51
◎高森先生への大きな疑問 局長の不倫疑惑を誤魔化す為なら1日の講師部会議を2日間も勝手に延ばし、各支部長が予定していたご法話、文化講座、会合を急きょ変更、中止した。絶対有ってはならないと指導していたことでないですか。 私が講師部に飛び込んだのは、講師部は後生の一大事の解決の為の一番の近道であり、その為に厳しく指導があるだろうと期待してのことだった。 しかし厳しいのは、規則と活動目標ばかりでした。 なぜ信心決定できないのだろうか。 その理由は何だと思うか。 生起本末をどう聞いているのか言ってみなさい。 どんな罪悪を感じているか、無常をどう感じているか、 墜ちる地獄を何と思っているか。本当に解決しようと求めているか。 阿弥陀仏のご苦労はどんなご苦労か。どう感じているのか。 本願、名号と何か。どの様にして出来たのか。 南无阿弥陀仏とはどんなことか、南無廻向の心とはどんな心か。 疑情とはどんな心か、現在感じる疑いはどんな心か。 疑いほど恐ろしい罪はないが、なぜか分かるか。 信心決定するとはどんなことと思っているのか。 ただで救う、そのまま救うとはどんなことか。 なぜおまかせ出来ないのか、なぜだと思うかか。 黒い心、暗い心、白い心、違いが分かるか。 無条件の救いと、宿善まかせとはどう違うか。等など こんな大事なことが講師部間で真剣に沙汰、論議されたことがあっただろうか。 50回以上の合宿に参加したが、求道姿勢や活動上の問題が主だった。 上記の沙汰を2日も3日もお互いに向き合って沙汰したことは記憶にない。 もし、毎月の講師部会議に、このような内容を常に厳しく問われていたら、講師部は我が身の獲信を強く意識して、真剣にならざるを得ない。 信心決定を意した聞法、布教活動になったと思う。 講師部さえ信心の沙汰がないから、支部長が会員さんと信心の沙汰が出来る訳がないのです。何を聞いたら、話したら、答えたら良いか分から無いのです。 続けて聴聞しましょう。続けて聞けば分かります、としか言ってない。 続けて聞いている支部長が分かってないのだ、会員さんは分からないままです。 教学を覚え、説明ができたら善知識、三界の大導師と言われているだけで、魂のぶつかりあいが出来ないのです。 私は華光会へ行って、違いをつくづくと思い知らされました。 知識だけで分からない、魂、本音のぶつかり合いで泣き泣き聞かされました。 ○10講制度が始まった。講が上がるよう競争せよ 不倫疑惑会議が終わって二つのことが実施された。 その一つが10講制度で、講師部は10講の階級に分けられた。 講師長が、「今回このような講別にして下された高森先生のみ心をよく考えて、我々は活動にもっと全力を尽くし、1講でも上に上がって先生に喜んでいただかねばならない」と何度も言った。 高森先生に認めてもらうような活動成果をもっと上げよ、競争せよという制度なのだ。 高森先生は言われた。 ・やがてここが「真宗の総本山」になるのだ。世界の小杉になる日が来る。 ・40年前の教学講義に講師部30名程度だったが、「将来、大導師500名以上で本願寺と法論をやる時が来る」 ・100の高森、200の高森となって伝えてくれ。 ・どの支部が早く、200名、300名の支部になるかな。 ・私には時間がない、あせっているのだ。 ご法話の前に「あわれあわれ存命のうちに皆々信心決定あらかしと朝夕思いはんべり」と言われるが、私には親鸞会を大きくしなければならないと、いつも思っていた。 ○10分間説法とビデオご法話。権力集中型に戻る。 支部長制度が始まる時、「布教の仕方は自由、どこへ行って話してもいい。お互い競争して布教力をつけよ、報告も最低限にしてパソコンは15分位で済むように、布教に全力を尽くせ」と言われ、希望が出た。 支部長制度は勝手に決められ、会員さんにウソの説明をされ、法領(給与)も無くなったが、布教が自由、活動目標も無い、上下関係も無いならこっちのほうがいいと喜んだ。 しかし、事件後は、元の権力集中型の指導体制に戻っていった。 10講制度で上下関係が厳しくなり、布教方法も与えられた10分間説法とビデオご法話が中心になった。 私は、これでは親鸞会は発展しないと光選隊の顕正活動の体験から思った。 ・講師の布教力がつかず、10分間説法では初めての人の理解は不十分である。 ・1日講師が真剣に話してこそ感動され信用され、尋ねていっても歓迎されて話し込める。10分間では人間関係も薄い。 ・ビデオご法話は1日分の話。根拠も多く、初めての人は難しく思う時が多い。自分で話せば、反応を見て話を考えて出来る。ビデオはそう出来ない。 ・書いて覚え、何十回と話した原稿全てが机の中に入れたまま。10分間説法とビデオご法話ならどこも同じ。他支部からの参詣も無くなり支部長の布教力など問題にならなくなる。 報告内容も多くなり、活動日報の内容も詳しく求められ、パソコンの時間が苦痛だという支部長が増えてきた。字のミスも細かく言われ神経を使う。 何かと言えば「会員さんの問題は支部長の責任、法施が足りないから」で済まされる。 前より束縛、監視が厳しくなってきて、約束は反故にされてしまったが、誰も文句を言わない。誓約書に縛られていることに今更気がつく。 ○母の言葉に頭が下がる 講師部を退部してから、母と話す機会があった。 母は大変厳しく私を叱った。 「なぜそのときお前は講師部を辞めんかったのか。アホか。 皆がそうでも、おかしいと思ったら、なんで辞めなかった。 高森さんは昔の話しを聞いた時の高森さんと人間が違っている。 息子のそんな問題を親が尻ぬぐいして、それで息子の為になると思っているのか。 何をしてもいいと自惚れるだけだ。 なんで謝らせない。バカなことをしたもんだ。後でひどい事になってゆくぞ。 息子の為にそんなことする善知識がおるか。親鸞さまはどうされたか知っておろうが。 皆がそうでも流されたらあかん。自分で考えな、あかん。自分で。 遅くなったが、そんなところ辞めてきて良かったな。 前に、親鸞会にもう一度入れとお前が言ったけど、入らなかった理由はな、蓮如上人の500回忌のことと、会計報告しなかったことや。 500回忌が延期されて中国から来た人や、他の人にも大変な迷惑かかっている。勝手に延期させられてひどいことや。どんな苦労して来たと思ってるのか。中国は1年働いても日本の1ケ月にもならんから、お金のことだけでも大変なことや。 それなのに参詣を誘う幹部は、「延期は本会の都合です」と言うだけで何も理由知らん。バカな話だ。 高森さんも当日、理由も言わんし、全く謝りもせん。余程、高森さんの部屋へ「何の気になっとるのか」と言いに行ってやろうと思った。 それと、苦労して財施しても会計報告せんとは何事か。預かったお金を誰の物と思っているのか。 仏法に使うと言うから出すのやぞ。 そんなら報告が出来るはずでないか。なぜ隠す。しないのでない、出来んのだ。それほど親鸞会の会計がおかしな事になってると思う。 もう信用出来ん、1円も出さんぞ、あれでは続かんな、親鸞会は」 と鋭く言った。 若い頃、当時の「満州は日本の生命線、行け日本の若人よ」の国家宣伝に乗せられて、愛する夫と子供2人を失った人生経験からくる洞察力は今も生きている。両親は○百万円を財施していた。 ○やはり元に戻った布教局長 講師部会議で除名処分を宣告された後、私は3日後本部へ行った。 高森布教局長の部屋へ入って行くと、一人だった。 「この度は申し訳ありませんでした」と深く頭を下げ、「始末書」を差し出した。 「わざわざ持って来たのか」と言ったので、「いえ、ビデオテープの交換もありましたので」とあえて言った。なぜなら人間として、常識人として、私は一言でも「今回のことで迷惑をかけて申し訳なかった」と言って欲しかった。 30年以上の知己ではないか、今、他に私以外誰も聞いていないのだ。 なぜ、自分の不徳を認め、不倫疑惑の事実の有無を言わなくても言いから、詫びる言葉位、100日の反省があれば用意できたはずだ。 それさえないのかと思うと情けなかった。 これでは、時間が経てばまた信用を失うことになるだろうと思った。 やはり1年、2年目になると、そんなことがあったのかという位自信をつけ、講師部の指摘も厳しくなった。 H16年になると、講師部員の問題を次々と指摘して、顕真学院へ再研修という処罰で何人も任務解任され送られた。 再研修とは自分のやった問題を反省し、高森先生、上司に無条件で従える人間になることである。その確認が出来るまで何ヶ月でも出てこれない。 反省の見込みのない人、自信なくした人は退部してゆく講師部の更生施設、である。 20年30年の経験講師でも例外でなかった。 元10講講師で、不倫疑惑で除名執行猶予の長い講師への指摘も厳しく始まった。 私も、7月まで3回も前に出て指摘を受けた。 「まだまだ氷山の一角だと会長先生はおっしゃている。まだまだいる筈だと」と言いながら、全講師部を見回した。 高森先生のご指示でやっている事を強調し、裁判官、検事のような言葉遣いになっていった。 「君は再研修だな」と言われた者は確実にそうなった。 講師部全体に緊張感が走り、自分だけはそうなるまいと必死になってゆく心理が伝わってくる。 私は2度目の指摘の時、講師部退部の覚悟を決めた。 余りにも、理不尽な内容だった。(自分のことだから書きます) 前の年の11月、ある支部長(T支部長)が解任になり、その支部が分割され、私の支部に23名移籍されることになった。「通達で知り、見ました」と局長に報告に行った。 誰が来るのかT支部長に夜聞いて驚いた。女性の副支部長を私の支部でお願いしますという。よく知っている人だが、事情を聞いてそうかと思った。 ところが3日後、そのT支部長が、「まだ氏名を発表しないで下さい、実は支部分割と、氏名を会合で言ったところ、その副支部長が大変反発して、『高森布教局長に言って変えてもらう』と言ってきかない。O代表支部長も、それはしてはいけない事だと言われたが、言うことをきかないのでしばらく発表しないで下さい」と言ってきた。3ヶ月経って嫌なら自由に移籍すればいい決まりだから、いくら何でも変更は無いだろうと思っていた。 決定されたのだから企画室から会費、財施の資料も全部送られてきている。妻は支部の会計係でもあり、移籍会員の会費、財施を把握する必要があるので、まだ発表できない理由を話しておいた。これが後に守秘義務違反の罪となった。 何と1週間後、移籍は白紙になってしまった。 その通達を見て、局長に「ご縁がないということが分かりました」とだけ言って下がった。何も言わず横目で聞いていた。 ○仕組まれた責任逃れと退部の決心 ところが翌年3月、学友部招待の局長御法話に、会員さんと一緒に参詣した私に、高森恭子補佐から局長の控室へ呼ばれた。 「○○副支部長が大変苦しんでいる。それは貴方の奥さんが昨年の移籍を、○○副支部長が局長に頼んで変えてもらったと言ってるからよ。どうしてそんな根も葉もないことを言うのか、貴方が言ったからでしょ」 と追求して来た。横に座っている局長は黙っている。 「その事なら、T支部長から私が直接聞きましたから事実です」と、初めて知っていたことを話した。 すると即、「T支部長はそんなこと、言ってないと言っているわよ」ときた。 私の作り話にして、移籍白紙の原因を妻に話したという、問題すり替えで誤魔化そうとしたとしか思えない。 ご法話会場で○○副支部長を見たが、真っ青の顔をしていた。声をかけても無言だった。 その夜のご法話が終わってすぐ、元のT支部長に電話したら「僕はそんな話は一切していません」というばかり。完全に口封じされている。 O代表支部長に電話すると、「○○副支部長が布教局長に電話して、その通りになったので、それを自慢していたのが分かって問題にされたのかと思った」と言った。彼は覚えていた。 結果的に守秘義務違反の罪状で降格され、輪袈裟も返却させられ、全講師部の前で土下座の謝罪をさせられた。○○副支部長には詫び状を書かされた。 しかし総長は具体的に何をしたのか講師部総会では話さなかった。ただ講師部には守秘義務があり、親兄弟、妻にも明かすなと注意した。 こんな講師部では求められない、退部しようと決意した。 問題は妻だった。妻はビデオ講師を4年近くしていた。しかし講師部の内部問題は話してこなかったので講師部とは清らかな所と信じ切っていた。 夫が講師部であることを誇りに思い、辛いことがあっても私が講師部だから耐えねばと思って来たと何度も言ったことがあった。不憫だ。 「講師部やめようかと思う」とぽつりと言ったとたん、形相が変わり、「何言ってるのー、絶対許さない、そんな事二度と言わないで」と怒り心頭、すごい顔で言ってきた。無理もない、高森先生を信頼し切っているのだ、世界が全部ウソでも高森先生だけが真と信じている。そこを離れると言い出したのだから、完全な裏切り行為であり、許せる事ではないのだ。 2、3日、口もきかなかった。これは長期戦になると覚悟した。 ○アンケートと講師部員の反応 7月の講師部会合で、全講師部に2枚のアンケート用紙が配られた。 1枚は積極的な発言をしているか。2枚目は挨拶がいいかどうか。 年に3,4回調べられた。全講師の名前が書いてあり、悪い人には印を書く。前回より悪いと指摘がある。 集められて、布教局長が「ワシのに一人書いた者があった」と言った。 次の言葉は普通なら、「書きにくいところをよく教えてくれた、これから気をつけてゆこう。皆も少なくなるようにお互い気をつけよう」となるところだが、違った。 「これ、どう思う」と聞いた。 これに反応して講師部の一斉指摘の手が上がった。無記名だから誰か分からないアンケートだ。誰か分からぬ相手に「許せない」「上司批判だ、五逆罪だー」「アンケートを皆に戻して、誰か調べて下さい」とエスカレートしてゆく。 このアンケートは、講師部の和が大事、お互いに挨拶が大事だから、自分では気付かないし、他人の事は言いにくいから、無記名で教え合おうという趣旨でいいことだと思った。 しかし皆、手を上げて大声を上げて指摘し、書いた人の気持ちも無視していることにはならいか。 もう駄目だ、こんなところにおれない。1日も早く辞めたいと思い、妻に限界だと話したとき分かってくれた。 しかし、こんな理由を言えば、上司批判、組織批判で除名、除籍処分になるに決まっている。参詣が難しくなる。 そのときはまだ高森先生の教えに疑問を持っていなかったので、退部になる理由を考えた。 経済的にやってゆけないことを理由にすることにした。 これはウソではない深刻な問題でもあった。 支部長制度が始まって2年7ケ月、一度も黒字の月は無く、毎月赤字で蓄えも底が見えて来ていた。 ○講師部退部までの経緯 8月、布教局長に「相談があるのですが」と言って、本部ご法話の後、話をした。 経済的にやってゆけないことを、支部長制度が始まってからの2年7ケ月の収支の用紙をみせて説明した。 「どうしたいのか」と聞くので、「やってゆけないので辞めたい」と言うと止めなかった。明日、退部願いを書いて提出せよと言うことになった。わずか30分余りの話し合いで、20年の講師部生活は終わろうとしている。 翌日、布教局長の部屋へ「退部願い」を持って行くと、総長が来られて初めて退部のことを知られた。 講師長も初めて知られて、「君だけは最後まで残ると思っていた」と言われた。 40年の間柄だ。「大変なら育英資金がある、借りたらどうか」と必死で説得にかかられた。 「返すあてがあるなら借りますが、返せないから、このままでは借金地獄になるだけですから、それはしません」とハッキリと言った。 講師部だから、講師長にも相談すべきだが、そうなれば講師長は必死になってあっち、こっちと相談してなんとかしようとするだろう。 それを断るのが辛い。 翌日、講師長から「今から先生に退部願いを持っていくが、もう一度考え直す気持ちはないのか」と電話があった。ありませんからお願いしますと言った。 数日後、私の講師部退部が通達で流れた。 一番辛かったのは支部会員さんに講師部を退部して支部の解散を話することでした。昼、夜と自宅でビデオ御法話が終わってから、頭を下げてお詫びの挨拶をしました。理由は申し上げられませんというのが本当に辛かった。 泣かれる方もあり、突然で呆然とする方もあり、裏切られた気持ちになった方もあったと思います。心から会員さんには申し訳ないと謝らずにおれませんでした。 本部ご法話の前日、講師部会合があり退部の挨拶をした。 経済的理由だと言うと、一斉に指摘が起きた。 前代未聞の退部理由に驚いたと思います。 「家を売って支部長を続けろ」 「恩しらず、腹切って死ね」 「生きてここから出られると思っているのか」 昨日までの法友が口を極めて非難してきた。 「本当の理由を言え、正直に言え、他にあるだろう」と元10講の先輩講師が言ってきた。分かる人には分かるのだ。何か理由があると。 だけどここでは言えない。「それしかありません」と言った。 30分あまり指摘が続いた。 翌日、ご法話の舞台袖で高森先生に退部の挨拶、お詫びを短く言った。 「残念だったね、頑張なさい」の一言で終わった。 これで、私は講師部を完全に離れた。 仕事をこれから探し、働きながら聞いて行くのだ、後生の一大事は依然としてあり、解決まで聞き抜こうと新たな決意を持った。 # by watashinobyakudo | 2008-05-25 20:49
○煩悩具足は私達の本性。治らない 講師部をやめ、仕事しながら、H支部に所属して夜の会合にも参加して、近づく11月の報恩講の誘いに毎日仕事終わって回った。 参詣の難しい未会員、会員さんの誘いを頼まれ手伝った。 当日は弁当係りをして、講師部やめても会員の自覚を持って活動する気持ち一杯だった。 ところが12月になってH支部長が突然尋ねてきた。顔が暗い。深刻そうな雰囲気で話し始めた。 「教学受講の規定を知ってますよね。問題の人は受講出来ないんですが、聞きたいことがあります」と言う。 何を言い出すのかと思った。 私が数日前、支部のビデオご法話の昼休みに、支部長が「今回の報恩講で気付いた事はありませんか」と言ったので3つほど言った。 設備、案内の提案、そして高森先生の2日目の根拠の用紙が上すぎて、あれなら電子ボードで表示されたら良かったと言った。 それが問題と言うのだ。高森先生のされるご法話を非難した、という受け止め方だった。 あれは、私の連れて行った親戚の叔母さんが初めての参詣で、「上に張られた蓮如上人の根拠を高森先生が指示棒でさされて話されるが届かず、どこの話やら分からんかった。あんないいボードがあるから、あれなら分かりやすかったのに」と言うことで、私が言ったことでない。叔母さんと言わなかった為の誤解ですと説明した。すると支部長はそうですかと顔色が戻った。言葉足らずで済みませんと謝って帰ってもらい、教学受講のカードを預かった。 そして教学講義の前日、会員さんを乗せて本部の掃除に参加した。 会員として掃除し昼休みしていると、O代表支部長が近づいてきて、「高森布教局長さんが呼んでおられますから、来てもらえますか」と言った。 何の用かと考えた。丁度H支部長が通ったので、心当りはありますかと聞くと、分からないと言う。おかしい。担当支部長が知らないのに会員に直接、布教局長が用事があるとは何か、私と局長の個人のことだなと思い、言われた時間に行った。 ドアを空けるとそこは講師部総会の会場だった。一段高い所に高森布教局長がイスに座っていて、私に前の指摘用イスに座れと言った。 座って何を言うのかと聞いていると「高森先生がお疲れの中、急に根拠の用紙を張り出すよう指示されご説法下された。それなのに君は、あれでは良く分からんと批判した」と、H支部長のメールを読んだ。 私の発言を送られていた。講師部退部後も監視されいた。 「他にも実行委員会を切って切って切りまくっている」ともつけ加えたから、一斉に講師部の指摘が始まった。 あれは私の発言でないと言っても、私の思いだと押し切ってくる。 30分位して「君は明日の教学受講の資格はない、それどこれろか会長先生を批判したから会員除籍だ。H支部長、会員粛清委員会に資料を提出してくれ」と言い放った。 報恩講の誘い活動も、当日2日間弁当係りで任務していたことも全く触れず、設備、案内の提案を具体的に言わず、実行委員会を批判したことにして講師部の反感をあおる言い方をした。、 全講師部の前に会員が呼び出され、指摘を受け、除籍の宣告をするなど、講師部の時には見たことがない。 何を言われても誤解であり、支部長が調査に来て判明していると安心して聞いていたが、この布教局長の言葉に、H支部長は「待って下ださい」とは言わず、「はい」と従う返事をしてしまった。私を擁護する言葉は全く無かった。 部屋を出るよう言われ、後で教学受講証を取りに来たH支部長に、「あれは私の言葉でないことを言ったはずですが、局長に報告してあるんですか」と聞きた。「報告してある、知っておられる筈だ」と答えた。 「支部の会合はこれから遠慮して下さい」とも言われた。 自宅のビデオご法話も3ヶ月とめられた。 これで聴聞以外の一切の活動を私はしなくなった。 数日後、法友から布教局長にお詫び状を書いたかと電話があった。 書かないと本当に除籍になるのでないかと心配してくれた。 私は書く気は全く無いことを伝えた。 若しこんなことで除籍にするなら、除籍理由を詳しく書いて会員さんに配る気持ちでいた。 次の本部ご法話に参詣するとH支部長から呼ばれてある部屋へ行った。 そこに講師長とOビデオ講師長がいた。 何の用かと思ったら、講師長から「君の影響は大きいから、誓約書と先生へ詫び状を書いてくれ」と言われた。 講師長が哀れに思え、妻のビデオ講師の立場もあり、希望通り書いて講師長に送った。 これで安心するのだろうが、こんな紙切れが頼りとは情けない。 講師部は、信仰と人徳ではないか。詫び状、誓約書がなぜこれほど必要なのだろうか。 ○まだ終わらぬ圧力 妻にも上司からの理不尽な圧力があり、ビデオ講師を辞める決意をした。 M支部長から「本会があなたに聞きたいことがあるから、本部に来るように」と妻に電話があった。聞きたいことがあるとは何か。 妻は支部長に、「本会とは誰のことですか、何の用事ですか」と尋ねたが、「知らんでいい」と局長に言われたそうだ。 会員のことを担当支部長が知らなくていいことは無い。 「行く理由を言われない限り行きません」と返答すると、今度は「上司の指示に従わない者は教学受講させない。」と言ってきた。 しかし妻は行かず、高森先生に教学受講参加の嘆願と私の未会員さん発言事件を書いて投函した。 高森先生ならきっとわかって下さるに違いないと望みを託し返事を待った。 2日後、返事が支部長を通じて来た。 教学受講は許可されたが、後の事は「水に流しなさい」の一言だった。 しかも、問題を起こしている布教局長を通して伝えられたのである。 これまで布教局長がおかしいと思いこみ、なんで治らないのかと思っていたが無理もない息子のことは一切問題にしない事が分かった。 もう高森先生に何を訴えても無駄だと思った 高森先生に対する尊敬、信頼は音を建てて崩れていった。 親鸞会が世間の会社のように利益追求の組織で、勤める人も生活の為なら、理不尽があっても我慢するといわれるなら私は何も言わない。門外漢でいい。 しかしこの体質は仏法、信仰に大きく影響している。 講師部自身、また会員さんの後生がかかってくるから、ここに詳しく書かずにおれなかったのです。 日常的にこんな歪んだ人間関係でどうしてお互いの信心を真剣に問えますか。 我が心中を偽わらずに話しできますか。 ○善知識の任務は何か。これでいいのか。 「善知識の能というは、一心一向に弥陀に帰命したてまつるべし、と人を勧むべきばかりなり」蓮如上人 阿弥陀仏に帰命ですよ。高森先生御自身ではありませんよ。 親鸞会講師部聖則(1)ーー高森先生が作られた。 「会長先生のご指示に無条件に従い、信心獲得を本と致します。」 私に無条件で従えと言うほど、失敗のない完全な人、責任の取れる方でしょうか。 親鸞聖人でさえ、「われ過てり」「さるべき強縁のもよおせば如何なる振る舞いもする」「煩悩具足の凡夫なり」 関東へ長男善鸞を派遣し、惑乱させたことに苦しまれ勘当された。 「愚禿親鸞」とおっしゃておられます。 「さらに念仏者が、厳しく反省しなけらばならないことは、「私はすでに信心を頂いている」「私は教えを正しく領解している」という自負心に陥りやすいことです。 聴聞に熱心な人ほど、深く聞いた人ほど、自信を固め、誰が何と言おうと、私は絶対間違いないと、強く執着し傲慢になりやすいのです。 我執をといてくれる法を聞きながら、法に対して一層我執を固める、これほど恐ろしいことはありません」華光会の西光先生はこう自戒して教えて下さいました。私は深く胸に刻まずにおれません。 形ばかりを大事に言われます。 阿弥陀仏に対する深いお礼の仕方。。 仏前で座布団敷いて勤行するな、仏間で寝るな、冷暖房を勤行中使うな、お仏飯は正三角形にせよ。等など。 見聞知の阿弥陀仏は何もかもご存知です。 疑いながら格好ばかり良くして頭下げている人に何と言っておられるか、知っておられますね。 お前の腹底は皆見抜いておるぞー 死ぬぞー、墜ちるぞー、危ないぞー、早く来い、まかせよー。 「井戸のぞく子を呼ぶ親は命がけ」 その命がけの仏心を伝える人が善知識ではありませんか。 ◎御同朋、御同行の精神はどうなのか、 本当に講師部を獲信まで導く自覚あるなら、講師部員に問題が起きた時、なぜその講師に面談せず、除名するのですか。 間違っているなら直接会って命がけでなぜ正さないのですか。 瓜生、清森、上田、斎尾君など、なぜ講師部に対処をまかすのですか。 息子の不倫疑惑なら3日かけてするのに、彼らの後生はそれより軽いのですか。 「人の信なきことを思召せば、身を切り裂くように悲しきよ」と仰せされ候由に候。(御一代記聞書112) これで蓮如上人と同じですか。 批判者、除籍者に対する怒りは何ですか。 「私の指導不足だ」と反省する余地は無いのでしょうか。 一方的罪状を並べて罵るだけで、どうしてそうなったか言わない。 瓜生元講師のときもそうでした。 ○恩知らずと言う人へ 何という恩知らずか、へどが出るとよく講師部の人は言います。 私もその中に入るのでしょう。講師部始まって以来の極悪人とも言われるでしょう。 それは、こうも、教えと、高森先生、組織の実態を問題にした講師はいないからと思います。 子供の時は親のすることの善悪は分かりません。 大人になり、知恵、常識が身につくと親の言動の善悪が見えてくるのです。 間違っていること、人に迷惑かけていることは、例え親でも言うべきです。親が気分を害するから黙っていては親に罪を重ね、人にも嫌われる親にしてしまいます。 親がいくら酒が好きでも親の健康を思えば、深酒するなと注意しませんか、塩の濃い物が好きでも、塩分ひかえるように言うではないですか。 「善知識の悪き、と仰せらるるは、信の無きことを僻事と仰せられ候事に候」(御一代記聞書89) 仏法者にとって何が最も悪い事なのか、一番の恩知らずか。 阿弥陀仏の本願を疑い、自力の心を捨てず、阿弥陀様を泣かせていながら、まだまだ死なないと長綱をはき、形だけの求道をして、権力にへつらい、常に保身を考え、自分は間違いない者と他を見下げている心こそ悪であり、恩知らずと私は思います。 ○なぜこうまで、高森先生、布教局長夫婦の問題を書くのか これは私憤を晴らす為に書いているのではありません。 この世に私は善人だと威張れる人があるでしょうか。 阿弥陀仏からごらんになればみな地獄行きの泥凡夫にすぎないのです。 私も縁がくれば同じような事をするでしょう。否、これ以上のことをするでしょう。誰か一人でも「私は絶対こんなことはしません」と言い切れる人があるでしょうか。 皆自分が一番可愛いのです。自分を守る為にはどんな悪でも造っていく、人殺しもする。それが悲しいかな私のどうしょうもない実態なのです。 高森家の人々はそのまま私の姿でもあり全ての人の腹底です。 仏願の生起本末の生起であり、そんな私だからこそ阿弥陀仏は憐れみたもうのです。 「王舎城の悲劇」はアニメでよく知られていますが、韋提希、ビンバシャラ王、阿闍世は国民から見れば尊敬すべき人々に見えましたが、皆、煩悩具足の欲と怒り、愚痴一杯の凡夫でした。 釈尊は弥陀の本願はこんな人々こそお目当てである、今こそそれを説く時節が到来したとお喜びになられました。 いま迄、高森先生は特別仏縁深く徳のあるお方、親鸞聖人の生れ変わりだ、大善知識だ、我々とは住む世界が違う、そんなお方のご長男だから素晴らしいお方に違いないと思っておられたでしょう。 ですからこんな事実を突きつけられても「そんなはずは無い、作り話だ、信じないぞ、被害妄想が書いた者だ、なんと恐ろしい奴だ、恩知らずな元講師だ。絶対うそだ。」と反発心一杯で読まれた方もあると思います。 無理もありませんが事実なのです。 高森先生は「底なしのお慈悲のお方です」と言って来た講師もありますが、これほど甚だしい誤解はありません。 「底なしのお慈悲」は阿弥陀仏一仏だけであり人間に使う言葉ではありません。 しかしそんな事を何のためらいもなく、当たり前のように言える感覚こそが問題だと思います。 高森先生を阿弥陀様と同じだと思わなければ言えない事だからです。 親鸞聖人も「愚禿親鸞」「極重の悪人」「一生造悪の者」「地獄は一定住か」と懴悔しておられるではありませんか。例外などあろうはずがありません。 「凡夫というは、無明煩悩われらが身にみちみちて、欲も多く、瞋り腹だち、そねみ、ねたむ心多くひまなくして、臨終の一念に至るまで止まらず、消えず、絶えず」(一念多念証文) 私も皆さんも高森家の人達も、阿弥陀仏よりご覧になれば、情けない、愚かな、恥ずかしい、悪を悪とも思わず、己可愛い、欲しい、惜しい、人に言われても反省するどころか恨み返す、我慢根性で人に頭を下げぬ、誤魔化し上手で、騙し上手、オレほど偉い者は無いと自惚れ一杯のどうにもならぬ悪性なのです。後生は間違いなく地獄です。 三世の諸仏があきれて逃げた、嫌われ者なのです。 だからこそ本師本仏の阿弥陀仏一仏が、憐れみ給い、必ず救うぞ、われを信じよ、まかせよと呼びたもうのです。 誰の為の、何の為に建てられた本願か、生起を忘れては聞けません、救われません。 ○ここを正しく知って頂きたくて、あえて失礼を省みず、体質をここまで書かせて頂きました。 特別な人は無い、皆極重の悪人であり、無条件で従うべきは阿弥陀仏だけでなのです。 ここを誤解なく読んで頂きたいと思います。 お目当て、生起がいくら分かっても、次に本末が聞けねば救われません。 捜していたら増井悟朗先生、華光会の先生方にお遇いする事が出来ました。 親鸞会以外に本末を説かれる先生は居られます。 華光会以外にもおられます。捜して下さい。 他の話を聞くな、本読むな、親鸞会を離れては絶対に救われないと言うのは間違いです。 高森先生からしか聞けないのでは決してありません。 うちは日本一のソバだと言いながら、他のソバを一切食べさせないのはおかしいと思いませんか。 日本一と分かるのは他所で食べ比べてのことではないですか。 自信があったら、どうぞ他所と食べ比べて下さいと言えるものです。 もっと美味しいソバが他にあるとお客が流れるから、困るのではありませんか。 ○なぜ氏名を明かさない 私が名前を明かさないことを一言言います。 退会してから私へ非常識な言動があったからです。 何度言っても止まず親鸞会へ連絡しようと考えましたが、急に何があったのか、その人から謝罪の電話があり、止まりました。 「私の白道」も氏名を明かせば熱心な人から又同じ事があり、これを最後まで書けないのではと危惧したからです。 # by watashinobyakudo | 2008-05-25 20:44
○親鸞会があったなればこそ
高森先生より仏教のイロハから教えられ、親鸞聖人のみ教えこそ私の救われる道、これ以外絶対ないと思うところまで聞かせて頂きました。 そのご恩は大変有難いと思っています。忘れません。 もし高森先生とのご縁がなかったら、私は親鸞聖人と関係ない好き放題の人生を歩いていたと思います。そんな心しかない自分です。 40年余り聞かせて頂きましたが、しかし、このままで救われるのか、疑問は大きくなり、遂に退会して生起本末を聞かずにおれませんでした。 また親鸞会の体質のことを書きましたが、これもずっと疑問でした。 もし講師部として優遇され、生活も心配なく、疑問も無く活動していたら今の私はありません。 理不尽さを知り、教え、組織に不審を持ち、健康、経済的問題でも怒り腹立ち、泥凡夫の自性をいやと言うほど見せられました。 こんな私に19願の諸善を勧められても、とても助からない。 こんな私はとてもやってゆけないと心底思いました。 ご恩あるところなのに、失望させられた複雑な思いです。 今、阿弥陀仏に救われて、この身になれたのは南无阿弥陀仏のお力の不思義であり、すべての関わった方々がご縁となったと思わずにおれません。 だから高森先生、親鸞会の存在は、私達夫婦にとっては権化の仁だと、いつも妻と話します。仏智によって知らされることです。 本当に長い間、お読み頂きまして有難うございました。 世界中、無常の世であるぞと知らせる事ばかり起きています。 どうか一日も早い後生の一大事の解決を念じ申し上げます。 ●煩悩具足の凡夫・火宅無常の世界は、万のこと皆もって空事・たわごと・真実あること無きに、ただ念仏のみぞまことにて在します。 南無阿弥陀仏 # by watashinobyakudo | 2008-05-25 19:18
●私の白道[無上殊勝願]
元親鸞会講師部 ○母の往生 しばらく御不沙汰いたしましたが、「私の白道」から2ヶ月余りが過ぎました。 その間に母が亡くなり、無常と愛別離苦を思い知らされました。 心臓の手術は成功しましたが、脳梗塞で意識不明となり、86歳の生涯を終えて阿弥陀仏の待っておられるお浄土へ往きました。 生前、満州大陸で亡くした、前夫、子供2人、そして父のことを気にかけていましたから、往生成仏、弥陀同体の覚りを得て、神通力を以ってその後生を知り、既に済度に出かけていると私は思います。お浄土でのんびり、じっとしてはいないでしょう。 「ただ、自力を棄てて、いそぎ浄土の覚を開きなば、六道・四生のあいだ、いずれの業苦に沈めリとも、神通方便をもって有縁を度すべきなり」(歎異鈔5章) 手術前に「うまくいかねば先に往くぞ。葬式には南无阿弥陀仏のことを参られた人にお前が説法してくれや、頼むぞ」と私に言い残しました。 手術前、手術後、2ヶ月余り休みや仕事が終わって、2時間離れた病院へ何度も何度も見舞いに行く度、泣かずにおれませんでした。 この母なくして私はこの世に生を受けず、病気で2度死にそうになったのを救ってくれたのも母の必死の看護であり、私の獲信を念じ続け、親鸞会での求道を考え直させてくれたのも母であり、信心決定を心から喜んでくれたのも母でした。 私にはこの世にこれ以上無い、大事な母であり善知識でありました。 意識なく酸素吸入器で呼吸するする母の顔をなでながら、「母ちゃん、有難う、有難う」と泣いて言いました。すると耳の意識だけは残っているのか呼吸が荒くなって反応するのです。私は行く度に思いのままを耳元で話し続けました。 7月10日、母死亡と妹からの知らせを受け、実家に帰って母を見てお浄土へ往ったんだなという思いと、託された御通夜の説法の約束を果たさなければと思いました。 葬儀社には中央に南無阿弥陀仏の御名号を、右下に写真、左下に法名を頼み、手次の住職に、母の遺言なので私にお通夜の説法をさせてもらいたいと話をして、了解を得ました。 80名近くの参列者に講師部を退部して4年ぶりに説法をしました。 「仏教は釈尊のみ教えであり、釈尊は、人生は苦なり、四苦八苦があり、中でも死苦こそ人間にとって最大の苦である。死んだらどうなるか、真っ暗な心しかない、苦しみの世界、地獄がある、これを後生の一大事と教えられました。 死なない人はありませんから、ここに参列の皆さん全員の問題であります。 釈尊はこの問題の解決を求めて出家され遂に、仏の覚りを開かれてこの問題の解決を得られ仏教を説かれました。これが阿弥陀仏の本願です。 「どんな人も、本願を信じ、念仏申せば、助かる、必ず往生成仏する」 日本でこれを教えられたのが親鸞聖人です。 南无阿弥陀仏によって、この阿弥陀仏のお約束通りなれると教えてゆかれましたから、この会場のご本尊は御名号なのです。 この世のご利益の為に称えるのでもなく、どうか後生助けて下さいとお願いするために称える呪文でもありません。 南無とは、われをたのめ、あて力にせよ、信じよ、弥陀にまかせよ、助けさせてくれ、という阿弥陀仏の叫びであり、呼び声です。死ぬぞ、墜ちるぞ、危ないぞ、早く来い、そのまま来い、飛び込めーの阿弥陀仏の呼び声です。 阿弥陀仏とは、必ず助ける、罪はどれほど重くとも心配するな、引き受けた、墜としはせぬ、おさめ、救う、往生成仏させる、出来ねば共に地獄へ墜ちようぞ、離れはせんぞ。仏になる功徳は全部成就、用意した、さー受け取れよの心です。この六字の心の通りになったのが、信心決定、助けられたというのです。 そんな力、仕掛けがこの南無阿弥陀仏にあるのです。 阿弥陀仏は今、皆さん一人一人に早く分かってくれ、気づいてくれと念じ続けて、あの手、この手とご方便して導いておられるのです。 母は仕事一筋の人のように皆さん見ておられたと思いますが、実は母は阿弥陀仏の本願喜ぶ、念仏の人でありました。 南无阿弥陀仏の心を話して欲しいの願いでしたので、話しさせて頂きましたが、私は母が恋しいときは南无阿弥陀仏を称えます。南无阿弥陀仏の中にいますから。皆さんもお念仏称えて下さい。阿弥陀さまに早くあって下さい。」 以上のように30分ほど話させて頂きました。 ○不思議なご縁 「私の白道」を読まれた方々が、ここ2、3ヶ月の間にも南無阿弥陀仏の「無上殊勝願」なることに気づき、大きな関心を示され、真実を求めて行動を起こされています。 私の自宅へ尋ねて来られた元親鸞会会員 手紙を書いて来られた会員、未会員 メールを下さった会員、未会員 電話かけて来られた会員、未会員 電話のあった元講師部(辞めた理由も聞きました) 華光会館のご法話、行事に参詣された会員、未会員 華光会館へ電話して、本、テープを求められた会員、未会員 関東、東海、北陸のご法話、行事に参加された会員、未会員 7月の華光会の行事に参詣し、ご法話後に幾つもの分級に分かれ、ご示談が行なわれましたが、私の参加した班の半数近くが親鸞会とご縁あった方々で、皆さん「私の白道」を読んでおられたのには驚きました。責任の重さを実感しました。 では、皆さんどう読まれたのか、どんな気持ちで私に連絡し、華光会へ行ってみよう、聞いてみようと思われたのかお知らせします。 勿論、氏名、経歴、住所は絶対に明かしません。安心して下さい。 ○大きく分けると二つの理由がありました。 (1)これまで絶対正しいお方、唯一の善知識、信心もお徳も間違いないと信じ切っていた高森先生が信じられなくなった。 ・ 華光時代のことを隠し、かっての師を土蔵秘事に類する者と非難される。 人間は恩が一番大事と言われたことはウソだった。 ・ 長男の不倫疑惑のもみ消し、筋違いな講師部除名の身勝手な処罰を知り公平な慈悲深い先生と思っていたが裏切られた。何も文句が言えない講師部が可愛そうであり、それでも無条件で従う心が哀れで悲しい。 何も自分で判断出来ない支部長、組織に従うことが怖くなった。 ・ 問題の多い長男を親鸞聖人のみ教えを伝える講師部の最高責任者に今もしておく感覚。こんな組織でお伝え出来ると思っている神経。おかしい。 布教局長も問題だが、ほっておく先生、隠す先生はもっと問題と思う。 これほどひどいとは想像できなかった。衝撃です。 (これは非常に多い批判でした) ・ 盗作を繰り返し、自分を善知識のように振舞う自尊心、誤魔化しの強さにさすがに嫌になりました。 盗作の大沼氏の本を読んだ清森講師を除名にするとは卑劣な人と思う。 他人のものばかり利用して、本当の自信がないことも分かりました。 先生の本は読む気がしなくなりました。 ・ 会員の意見も聞かないで、勝手に必要も無い物を次々に建て、財施のことばかり言ってくる。苦しくなるばかり。押し付けないでほしい。 しかも会計報告もしないで、どうなっているのか信じられない。 ・ チューリップ企画と田中氏の法論で見た、自分の間違いを認めない性格はとても尊敬できません。本願寺との「宿善論争」をもう一度読んでみてどちらが勝ったのか、考えが変わりました。 (2)高森先生の教えられることは正しいといえるのか。これで救われるのか疑問が出て来た。 ・ 三願転入の根拠を出されるから、19願の諸善に励むしかないと信じて人集め、金集め、アニメ販売の活動をしてきたが、今死んだらどうするのだ。 宿善厚くなって助かると言われるが先が全く見えない。 こんな教えは納得できない。このままでは死んでゆけない。どこかおかしいと思った。 ・ 講師部も多くいるが誰も信心決定していない。それを支部長に言うと何も言えず、人のことはどうでもいいと誤魔化す。 自力一杯求めて、自力無功と知らされるまでやるしかない、そればっかりで20年やっている。見てて変わらないと思えてきた。 まことの心でやった善など私にはないからだ。 出来ないことをやらされていると思えてきた。 ・ 10分間説法で話される十悪、五逆、謗法の悪人は私のことだとよく納得できた。 真実の心、他人の幸福を願う心などない私、自分可愛いしかない私ばかりが知らされてくる。なのに真の心で諸善、活動をせよ、まだまだ自分が分かっていない、活動が足りないと言われた。 私は諸善が出来る善人が助かる19願より、悪しか出来ない私が助かる18願が聞きたいのだ。なのに三願転入しか支部長は言わない。 だれか聞かせてほしいと思っていた。 高森先生の18願の話はなぜか私の魂に響かない。 やはり宿善薄いからかと一人誰にも言えず悩んでいた。高森先生の話では納得できない心が知らされるばかりだが、どこへ行けばいいか分からない。 「私の白道」の元講師の心境はよく分かりました。 ・ 平生業成、一念往生と言いながら、実際は100年、200年で得られるちっぽけなものでないとも言われる。 30年、40年求めて得られる簡単なものでないとも聞きました。 問題の大きさは分かりますが、臨終に観音菩薩の説法にあえる話には呆れました。 観音様から何を聞くのだろう。今でさえ聞けぬ者が聞けるのだろうか。 観音さまが何かすぐ助かる特別な法を説かれるだろうか。おかしなことだ。どこにそんな根拠があるのだろう。 そんなことを期待させて活動させるのかと思うと、ますます疑問に思えてきました。 ・ 蓮生房も盗賊耳四郎もおかる同行も山本良介も山口善太郎も皆、聴聞して助かっている。どこに諸善励んだと言っているでしょうか。 御文章にも「雑行雑修自力の心をふりすてて」と書いてあり、その為には棄てる雑行、諸善を力一杯やれとは書いてないことに気付きました。 自力の心がすたるには、聴聞に極まる、南无阿弥陀仏のいわれを善知識にあって聞けとしかありません。 高森先生の説き方、教え方は違うと思いました。 華光会で南无阿弥陀仏の南無の心、六字の心をお聞きして、やっと機法一体、願行具足の意味がわかりました。無上の宝と知りました。 ・ 高森先生は聞き始めの頃、釈尊の出世本懐は大無量寿経とハッキリと教えられた。教学講義のとき三願転入の講義で観無量寿経が出世本願と間違って言われ、アシスタントがそれを言ったら、そんなことを言っておらん、と強く否定されたが、いつの間にやら観経が出世本懐と言われるよになった。 話が変わってゆく、信用できない先生とあのときから思うよになった。 ・ 雑行、雑修・自力の心は阿弥陀仏のみ心に反する心だから棄てよといわれるが、阿弥陀仏のどんな心に反するのか納得のいくように聞いたことがない。19願の諸善をやって助かろうとする心は、18願のみ心に反する心と思うが、なぜ反するのか分からなかった。 分からんまま一生、反すると知っててやらねばならぬことが不安だった。 ・「私の白道」で高森先生の教えが変わってきていることを読み、また黒い心(悪業煩悩)、白い心(南無廻向の心)、暗い心(疑情、自力の心)の話に納得がいった。続けて聞きたいと思いました。特に親鸞会では聞いたことのない南无阿弥陀仏の六字の心、南無廻向の心には驚きました。阿弥陀仏がこんなにも近いとは思いませんでした。 ・ 高森先生が根拠を示して話されるから絶対正しいと信じていたが、解釈が間違っていれば、根拠を出されても正しい話とは言えない。 こんな当たり前のことを何十年も気がつかなかった。何と愚かな考えだ。 又、高森先生だけが世界唯一の善知識と信じていたが、支部長、会員さんがそう言われるからそうかと思っただけで、何一つ根拠はなく、他と比べたり、調べたりしてこなかった。ただ信じていただけでこれも実に愚かでした。 今、多くの先生を知り分かりました。18願、六字の心を説かれる方がおられることを知りました。全く井の中の蛙でした。 高森先生にこだわることは愚かでした。 ・ 支部長に獲信したという人がいたが、念仏はない、表情も冴えない、体験も私たちに関係ありませんと言われるし、却って怪しいな、なぜそんなことを言わねばならないのか不審が出ました。信用されると思ってなら大変な思い違い、高森先生がご存知なら尚おかしいと思いました。造花の花に匂い無しと顕正新聞にありましたが、この支部長の事かなと思いました。 ・ 悩んで悩んだ末に華光会館へ来ました。 後生は一大事、どちらが本当か絶対調べる価値はある。 支部長は人間的にいい人です。会員さんも素直な良い人ばかりです。 しかし、人間関係が良くても教えが正しくなければ、どんなに努力しても助かりません。努力する方向が間違っていたら大変です。どんどん離れていってします。 何が真実か、本当なのか、親鸞会がそれを知ることを邪魔するならばおかしい。 聞くな、見るな、読むなというのはマインド・コントロールになる。 私の後生です、誰も責任は取れない、自分で確かめるしかないと思いました。 ・ チューリップ企画と田中氏の法論は、私には高森先生の間違いと思いました。18願の「若不生者不取正覚」の解釈間違いはひどいことです。 これではもう他の話も聞けなくなってきました。 ○皆さんの言葉、視線、態度、文字に表された必死の叫び、押さえ切れない疑問の数々。2年前の自分のあの思いが重なり、私も熱くなり時間忘れて話し、枚数忘れて返事を書きまくっています。 これ皆、過去世からの不思議な仏縁、ご縁、共に求めきれずに泣きあった仲だったのか、阿弥陀さまのやるせない願力に押し出されて来られた方々と思うと、本当に尊く思わずにおれません。お伝えせずにおれません。 ここを読まれた皆さんの心はどうでしょか。 高森先生へ長い間持ち続けた尊敬の思い、教えに間違いない筈の信念が、既に行動を起こされた人の言葉とぶつかってはいませんか。 負けてなるものかと思う人。言うことは分かる、自分も時々そう思うという人。 真剣にどちらか決めねば、少なくともこのままにしておけない、調べたいと思われる人は、清森さんに連絡されるか、華光会館へ連絡して下さい。 私の連絡先も分かります。(華光会はホームページを見て下さい) あなたの氏名、住所は絶対に他に明かしません。安して下さい。 ○一つだけお願いですが、私は仕事の都合で布教専門に時間が取れません。 朝4時30分に起床して、仕事を2つ持っているので家に帰るのが夜8時近くになる日が月に20日ほどあります。 手紙かメールなら仕事の合間に返事が書けます。 電話での話はその日の仕事で日中は出来ないことが多いです。夜8時以後ならほとんど大丈夫です。ご了解お願い致します。 私は先月、長年ご縁のあった多くの方に暑中お見舞いを出させて頂きました。 母の死亡と、理由を言わず親鸞会講師部を退部し、親鸞会を退会したことを「私の白道」に書かせて頂きました、と案内しました。 悩んで出口が見つからずにいる方に知って頂きたいの思い一つです。 本当に自分の後生の一大事を一大事を思って悩んでおられるのでしたら、遠慮なく連絡してみて下さい。その思いを聞かせて下さい。 阿弥陀仏は十劫の昔から待っておられます。 南无阿弥陀仏。 # by watashinobyakudo | 2008-05-21 23:35
私の白道・無上殊勝願 元親鸞会講師部
○「勘違いされぬようURL」さん、のコメントを読ませて頂きました。 「華光の法座が親鸞会を批判している場と勘違いしないでください」 私の書いた内容が、誤解を受けると心配される華光会同人の方のご指摘を深く肝に銘じます。申し訳ありません。貴重なご意見を有難うございました。 私も過去のことは一切問題にされず、聞かせて頂いたことは忘れません。 「今・ここで・私が」だけに絞って教えて頂きました。 阿弥陀仏のみ心一つ、常に、華光の法座はそうです。これ以外ありません。 親鸞会批判の場では決してありません。そんなことを話している時間はありません。ご法話も、ご示談も自分の一大事の解決だけです。 貴方と全く同感です。 なのに君はなぜ、うらみ、つらみに時間をかけて書き込みをしているのか、これでは華光が誤解を受けることが分からないのか、おかしいではないか、のご注意はよく分かります。 親鸞会と全くご縁がなく華光会で求めておられる方は私の思いは理解し難いのもよくわかります。 どうして華光会とご縁があったのか。南無阿弥陀仏の六字の真を聞けたのか、阿弥陀仏の調熟の光明、ご照育のお陰以外にありません。 それは、親鸞会の高森先生がご縁となり、やがて知った実態、組織の問題、教えの矛盾、会員さんの気の毒な臨終の姿となって見せて頂いたと私は思っているのです。 私にとって親鸞会とのご縁は一旦通らなければならない道でした。 ではなぜここでは真実は聞けぬと気づくのに40年もかかったのか、それは間違いと教えてくれる人が無かったからです。 それどころか「これが獲信か」のパンフレットが作成され、親鸞会会員全員に徹底されて、華光会は「土蔵秘事に類するもの」と叩き込まれていました。 この影響力は大でした。私は講師部の時これを会員さんに話していたのですから。未だにその影響は残っているのです。 阿弥陀仏に救われた時、あー間に合っでよかった。 華光会を知らずもし死んでいたらどうなっていたか。 気がついてよかったと心から思いました。 それと同時に、まだここでなんとかなると頑張っている会員さんの姿を見るにつけ私は気づいてほしい、言わねばと決心したのです。 それが救って頂いた私の使命だと思いました。 高森先生の尊敬の思いと、教えに間違いない、しかし救われない、この矛盾に苦しんでいる人の心が分かりますか。不安が分かりますか。 癌で苦しんでいる会員さんに何も言えない講師部の実態、臨終間近に、30年間、自分の善が足りなかったからだと泣いて高森先生に詫びている姿を見てきた私には、ほっておけないのです。 あの方達の痛恨の涙を決して私は忘れない。腕にしがみつかれたあの痛さを決して忘れる事はできません。 その人の仏縁だから、自ら求めてこられるまでほっておけばいいのでしょうか。 講師部、真面目な会員さんほど、時間、お金気力、体力を注ぎ込んで求めています。私も同じことをしていました。 誰も教えてくれなかった。自分で何とか調べて、それでも用心して用心して華光会のご法話に来るのは6ケ月もかかりました。 「白道を進むには、振り返りはいりません」は華光会にたどりついてからの事と思います。 私のしていることは、華光会にたどりつくまでの事、間違いに気づき、真実を聞いて頂くご縁になればと思ってしていることと思っています。 来られたら、後は真実を聞いて頂くだけです。愚痴を言い合う時間はありません。「今、ここで、私が」だけが問題です。 うらみ、つらみだけで見られていることは残念ですが、私の表現がそのように読まれることを気をつけてゆきます。ご忠告有難うございました。 # by watashinobyakudo | 2008-05-20 23:41
私の白道・明らかなお慈悲
親鸞会元講師部 親鸞会の現会員さんからの相談が多くなって来ました。 皆さん深刻に悩んでおられます。 内容はその人で違いますが、会計報告がない財施への不審や、退会者への異常な非難、明らかに華光会への批判と分かる機関紙の内容、しかし華光会との過去。盗作で善知識らしく教えてこられた態度。 「私の白道」で読んで知った「南无阿弥陀仏の六字の心」。 これらにショックを受け 「このままで自分は救われるのだろうか」と疑問が出てきたと言われます。 親鸞会の会員さんにも4通りあると支部長の経験から分かります。 1 仏法聞きたい気持ちはそんなに無いが衆生縁で 会員になっている。後生の一大事も問題になら ない。降誕会報恩講、大きな大会(結成50周 年)にだけ誘われて参詣。都合が悪いとそれさ え断られる。 2 因果の道理、阿弥陀仏の本願、人生の目的の話 はそうだと思い、分かるけど自分から進んで聞 きたいとまではいかない。財施にも参加するし、 誘われれば支部長のご法話には参詣する。本部 の大きな行事には参詣する。 1と2、ここまでが、70-80%(支部によっては違いますが) 3 高森先生を唯一の善知識と信じ、三願転入の教 えを聞き、宿善まかせと言われて、支部長の指 示のままに活動している。そのうち何とかなる だろうと思っている。 講師部、幹部、長年の会員さん 20-30%(支部にもよります) 4 このままで本当に助かるのだろうか。聴聞、お 勤め、顕正、誘い、財施に頑張って来たけど、 全く後生は暗い。 支部長、会員さんにも獲信者はいない、自分の 様なものはどうなるのか。 20年30年で獲られる真実信心でないと言わ れても、死ぬまで求道では死んでゆけん。今生 で救われねば後生は大変だ。 支部長が責任取れることでない。どうしたらい いのだろう。 本当に親鸞会でなければ助からないのだろうか。 色々な親鸞会の批判を知ったけれど、皆そのと うりだ。言わないだけだ。 ああ阿弥陀様、私はどうすればいいのですか。 ●4の方がインターネットやその他の情報を知って連絡してこられるのです。この心境は3の程度の支部長や、法友と相談しても理解してもらえず、却って、謗法罪、不浄な言葉、後ろ向き発言と注意され「信心の沙汰」にも発言できる内容ではありません。、 ○相談者が増える理由 大悲のみ心、調熟の光明によって、ここへとお育てに預かっておられると知らされるばかりです。 本当に自分の後生が心配になってきたら、どんなに機関紙や会合で批判を繰り返しても、阿弥陀如来の調熟の光明のお力は遮ることはできないのです。 顕正新聞、顕真、とどろきを見た後、私に下さる方がありますので、今、親鸞会でどんなことが話題になっているのかよく分かります。 ・顕真8月号 「30年間、聞いたが助からなかったが、ここでは、すぐに信心獲得できた」の批判記事は余りにトンチンカンで親鸞会らしいと思った。 30年間といっても、カスの体力とカスの時間とカスのお金で聞いていただろうと非難してあったが、カスでない体力、時間、お金で聞いたら助かることになるが、本当にそれでいいのですか。 講師部に獲信者がなかったのは、三つのカス聴聞をしていることが原因になり、布教局長もいい加減なカスの聴聞者になるがいいのだろうか。 講師部以上に仏法に、体力、時間をかけている者はないと思うが、それでさえ助からないカス聴聞者なら、会員さんは助からないことになるが、本当にそれでいいのですか。 なぜ信心決定できないのか、原因の聞き間違いほど恐ろしいものはない。 形ばかりが強調され、肝心なことを40年近く聞けなかったから私は救われなかったのです。 それが、増井悟朗先生から仏願の生起本末を聴聞し「南无阿弥陀仏の六字の心」を聞かせて頂き、明らかなお慈悲、大悲のみ心に貫かれたのです。 それが分からないから、三つのカスの聴聞者と批判したくなるのだろうが、トンチンカンというのです。 心の向きが間違っていたら、100年1000年聞いていても助かりませんよ。 また、高森先生だけが善知識と信じ込んでいるから、親鸞会を退会して獲信したとなれば、他にも善知識がおられることになり大変なことなる。 高森先生信心が総崩れになるから、絶対おかしい、ニセ信心、人工信心化城だと批判をせずにおれなくなるのは、元講師部としてよく分かります。しかし、それは井の中の蛙です。 ・顕真7月号 「言うべきことでも、書くことでもない」として人の信心決定、獲信はわからないから言うなと書いてある。 「親鸞聖人、蓮如上人方でも分かられなかったことがハッキリ分かるとでも思っているのだろう」とも書いてあるが、私は自分のことはハッキリ分かると言うだけであり、他人の獲信はその告白を聞くだけであります。阿弥陀仏とその人だけが明らかなことは当然です。 しかし、今ごろこんな記事を書いてどうするのかと思ってしまった。 「谷本氏の獲信の記録」のビデオテープが実在し、浅倉支部長のナレーションで獲信者として細かに描かれているではないか。 会員、未会員さんに私は十回以上見せて、「往生スッキリ、往生ハッキリ、スッキリ、ハッキリ」は今も耳に残っている。今はもう回収されたとか。これもハッキリしたことではなかったのですか。 西堀さん、東岸さん、真野さん、他にも獲信者として顕正新聞に残ってますが、これはどうなんですか。回収、削除ですか。 信心の沙汰で「我が信心は、他の人の信心はいかがあるらん」の沙汰をせよと蓮如上人は教えておられますがどうするのですか。 高森先生から、庄松、おかる、山口善太郎、清九郎などの妙好人の説法を沢山、聞きましたが、あれもたぶん助かっておったろう、という話だったのですか。あやふやな信心だったら、そんな人の言動をなぜ説法して聞かせたのですか。無駄ごとになりますよ。 何より「高森先生は信心決定して仏教を説かれる、世界で唯一の善知識です」とこれからは言うなということですね。 これまで何百回と言ってたことは間違いですね。 ・何を恐れてつじつまの合わないことを言い出されるのか、情けなくなります。しっかりして下さい。 こんな矛盾した指導では、益々混乱して相談者が増えるなと思います。 退会者が増えるので被害者意識が溢れていますが、自因自果、であることに目覚めて下さい。4の会員さんがもっと増えます。 ○高森先生の話を聞いていてもなぜ救われないのですか。 とよく聞かれます。また善知識ではないのですかとも聞かれます。 現に救われたという方もおられるではありませんか、とも言われます。 その答えは先の「谷本氏の獲信の記録」にあると思います。 谷本氏は岐阜市の建設会社社長で高森先生を善知識を仰ぎ、忙しい仕事の合間も聴聞しておられる姿は私も何度も見ました。 会社ビルの中に、畳敷き広間を作り、岐阜支部長として支部の中心となって活動されていました。 それが昭和53年、30年前に癌になられ、手遅れの発見でした。 高森先生も見舞いに行かれ、お世話になった浅倉支部長が駆けつけ、病院での法施が始まりました。 高森先生は葉書で説法され、その葉書はビデオにも残っています。 ・11月12日 「その後の御容態いかがでしょうか。 日に日に寒くなってきます、ご用心下さい。 それにしても一日も早く魂の解決をして大安心の身になって下さい。 明らかなお慈悲が明らかに聞こえたら明らかに安心できます。 疑わんようにつとめている間は疑っているまっさい中です。 疑いなく墜つる者でなければ疑いなくすくわれません。 お元気になられることを願います」 白い心ーー明らかなお慈悲 暗い心ーー疑わんように 黒い心ーー疑いなく墜ちる者 ・12月13日 「阿弥陀仏は見聞知のお方、心の底までお見ぬきです。 ただ全てをまかせよとお呼びずめです。 逃げても逃げても仏智無辺にましませば、散乱放逸もすてられぬ 地獄のカマの底までも共に墜ち共に苦しみ、なげきたまう。 十劫より調熟し釈迦の八千遍の往来は、貴方一人の為です」 黒い心ーー心の底までお見ぬきです 白い心ーーただ全てをまかせよと、お呼びずめですーーー ・12月30日 「この後いかがなされているかと日夜案じております。 愚考しますに、貴方は今一番阿弥陀仏に近い所におられます。 もう一つ邪魔をしているのは、自力の執心です。 何とかなりたい、どうしたら、どう信じたら、どう思ったら、 助かりたい、ハッキリしたい、生きたい、何とかなりたい、早く安心したい、これらの心が自力の迷情で、聞いているぞ、知っているぞの阿弥陀様を泣かせ、この心は捨てものです。 この心捨てて、捨てて捨て切っていくしかありません。 弥陀に念じます。」 暗い心ーー邪魔をしているのは自力の執心ですーーーー ・その後、谷本氏は苦しみ出し、やがて「今、阿弥陀仏にあえたー 往生スッキリ、往生ハッキリ、往生スッキリ、ハッキリ」と繰り返し恩徳讃を歌われ、数日後亡くなられました。 高森先生もこのことを聞かれて「それはよかったですねー、あれほど求めておられたのですから」と言われて法名を付けられたとなっていました。 このビデオテープも回収と知りました。 皆さん読まれてどうでしたか。 獲信を念じて最後は仏願の生起本末を説かれているのです。 これは臨終間近な谷本氏だから説かれたのだと言い訳する人は、自分の命はまだまだ大丈夫のとんでもない油断があるのです。 「今ここで私が」常にこの心で聞くべきです。 黒い心ーー衆生性得の機(悪業煩悩)墜ちる機ーーお目当て、お許しの機 白い心ーー南無廻向の機(阿弥陀仏のまことの心)直の呼び声、いただきもの 暗い心ーー自力計度の機(本願疑う心)計らい、自惚れ心、すてもの しかし30年後の現在の親鸞会会員さんはどう聞いているでしょうか。 三願転入、まず19願の通り、諸善を頑張って活動、人集め、金集め これで宿善厚くなって、そのうちーーーー自力一杯やらねば自力無効と知らされぬ、捨てられぬ、他力に入れぬなんか思っていませんか。 自分で救済の予定概念にこり固まって、それこそ捨てものです。 助かるつもりでいませんか。自分で自分を助けようともがいていませんか。 阿弥陀仏は何とおしゃっておられるのか、そこを聞かせて頂かねば苦労していても方向違いでは一生今のままです。 私は同じ癌末期のTさんに、谷本氏への高森先生の言葉を見せて話しましたが、当時 「ただ全てをまかせよとお呼びずめです」が全く分かりませんでした。 また「この心捨てて、捨てて、捨て切っていくしかありません」が分からず、どしたら捨てられるか分からず共に病室で泣きました。 アニメ1部の法然上人の「一切の計らいを捨てよ、捨てようと思う心も捨てよ」のお言葉が分からず苦しみました。 こいつが一番悪い、こいつの為に墜ちるのだ、しかしどしたら捨てられるのか分からない。 何を言っているのか、泣くほど辛いのか分かりますか。 貴方も最後にここへ引っ張り出されて来るのです。 高森先生は善知識か。私はそう思います。 人生には目的があり後生の一大事を解決する事である。 阿弥陀仏の本願こそが真実であり、親鸞聖人が明らかにされている。 こう教えられる方は善知識です。 しかし、真の知識とは今の高森先生からは思えません。 仏願の生起本末を正しく説き、三つの心を分かるように教えて頂かねば救われません。 講師部も会員さんも皆さん本当に頑張っておられます。 その苦労が何処へ向っているのか、もう一度考えて下さい。 聞いているつもりでも聞いていないのですよ。 信心の沙汰を読みましたが本音が出ていませんね。 法友通信に特専部の人が「どのような気持ちで善をすれば、どう聞いたらと尋ねる心は自力であり不浄な心だと知らされました。こんな心がいつも動いていたので、だからこそ、教えを聞かねばなならいというお答えに、衝撃を受けました」との記事が目に付いた。 「善に努め、心は不実であってはならない、火の中を突破して聞け」と答えてもらったそうだが、またも尺取虫の火鉢回りではないか。 「今晩死ぬ覚悟で聞法に臨みます」と最後書いてあったが、辛かった。 これこそ、真面目に求めて来たからこそ出てくる言葉です。 なのにこんな答えしか用意されない、死ぬまで求道を歩かされているのに早く気付いて欲しいと願う。 昔はどこを読んでも全部その通りだと思ったが、今はトンチンカンな内容に気付くことが不思議だ。 仏智の働きの大きさに驚くばかりです。 隠れてでもいいから、他の先生の話を聞いて下さい。本を読んで下さい。 必ず、宿善の人は真の知識にあえます。必ず。 ここを読んでおられる方はすでに見つけておられます。 南无阿弥陀仏 # by watashinobyakudo | 2008-05-09 23:45
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